はじめに話しておくと、自分は霊感とかそいう類のものは持ってない。
それどころか、心霊現象とかは全然信じていなかったし、信じている人を馬鹿にしている節もあった。
よく夏になって学校のクラスメイトとかがそういう話をし始めると、うんざりしながら聞いていたくらいだ。
今から何年か前に、俺は地元を離れて一人暮らしを始めた。
元々は都会に住んでいたんだけど、田舎での一人暮らしっていうのに憧れていた。
丁度いい仕事も見つけて、家賃の安いアパートも見つけて、念願の一人暮らしを始めたわけ。
給料は都会でやれた仕事に比べれば安かったけど、こっちは物価が安かったからあんまり苦にならなかった。
それに、都会では絶対に味わえないような空気の美味しさもあったし、一人暮らししてよかった! と思ってたんだ。
何日か経った頃、アパートの玄関から変な音が聞こえてきた。多分、深夜0時を過ぎたくらいの頃だったと思う。
自分は若かったし、深夜まで起きているっていうのは普通だったんだけど、仕事もあるしそんな時間まで起きてることはあまりなかった。
その音っていうのは、何か硬いもので金属を引っ掻くような音。ドアを石で引っ掻いてるみたいな。
子供がいたずらしてるのか、とも思ったけど、こんな時間に子供が来るはずもない。
となると、不審者か何かか、と思った俺は警察に通報しようとしたんだけど、携帯電話を持った時にはもう音は消えていた。
気のせいか、とも思って、その日はそのまま電気を消して寝ることにした。
それで、そのまま朝になって、扉を見てみたけど、何かで引っ掻いたような痕跡は残っていなかった。
だから、その時は特に気にもとめなかったし、音が聞こえてきたのもそれっきりだったので、自分自身もそのことを忘れかけていた。
そのまま数ヶ月が過ぎた頃に、またあの音が聞こえてきた。
最初は忘れていたけど、すぐにあの時のだ、と分かった。今度はすぐに警察に電話した。
「家の扉を引っ掻いている奴がいる」と通報して、数十分後に警察が到着した。
田舎なこともあって、警察署もなかった(交番はある)から、隣町の警察署から警官がやって来たらしい。
警察が来るまでの間、音はずっと聞こえ続けていたから、まだ犯人はそこにいるものだろうと思っていた。
サイレンの音を聞いて外に出たんだけど、その時には音の主はいなくなっていた。
警察も不思議な顔をしていたけど、「確かにカリカリという音が……」と俺は必死に訴えた。
別にノイローゼとかそういう状態ではなかったけど、何か薄気味悪かったし、早く犯人が捕まってほしいと思っていた。
結局その日は何もわからないまま終わったんだけど、次の日も、その次の日も音は聞こえてきた。
前の時は連続して聞こえてくることはなかったので、さすがに焦った。
警察に電話しようかとも思ったけど、それではまた逃げられてしまうかも知れない。
確実に犯人を捕まえるためには、音が聞こえている内に扉を開けるのが一番だ……
俺はそう思って、足音を立てないように慎重に、玄関の方へ近づいていった。
そして、まだ音が聞こえていることを確認した後、鍵を開けると同時にドアを勢い良く開け放った。
音は扉を開ける直前も聞こえていたから、逃げる暇なんてあるはずがなかった。
しかもドアの近くには人間が隠れられるような場所もない。道路沿いだし、慌てて逃げれば絶対に後ろ姿が見える。
だから、俺は逃げられたとしてもそいつの顔は絶対に見てやるつもりだった。
この時は何日も続いたせいで、イライラが募っていたのかも知れない。音のせいで、ろくに眠れてなかったし。
で、ドアを開けたはいいんだが、そこにはやはりというか、誰もいなかった。
一応周辺を確認してみたけど、人が隠れている様子はなかったし、走り去る人影も見ていない。
気のせい、とは絶対に思えなかった。自分はこの耳で確かに、ドアを引っ掻く音を聞いている。
せめて証拠があれば……と思って、ダメ元で扉を見てみた。
言い忘れていたけど、この扉っていうのは金属製で黒色。何かで傷をつければすぐに分かる。
扉は俺が入居する直前に付け替えられてたみたいで、最初に来た時は傷一つない状態だった。
だから、どこかに傷がついていればすぐにでも分かる。
上から下へ、下から上へと二度見てみたけど、やっぱり傷は見つからない。
駄目か……と思って部屋に引き上げようとしたその時、俺はようやく”証拠”を見つけることが出来た。
なんかドアの隅っこ、本当によく見ないと分からない場所に、沢山の傷が付いている。
それは文字のようで文字じゃない感じだった。象形文字とか、ああいうのを思い浮かべてもらえばわかると思う。
でも、象形文字でもなくて、単純に意味不明な図形だったと思う。
これがあれば警察にも話が通じる、と思った俺は、今度は自信を持って警察に電話をした。
また数十分待って、警察が到着。傷を見せたら、以前とは違って真剣に取り合ってくれた。
警察から聞いたところによると、以前このアパートに住んでいた人も同じような話をしていたらしい。
その時も警察は与太話だと思っていたらしく、俺が最初に呼んだ時のような対応をしていたそうだ。
警官は「動物か、それともストーカーですかねぇ」なんて言ってたけど、俺は気が気じゃなかった。
動物とかストーカーだったら、走り去る人影が見えるはずだから。
扉を開け放たれたら当然逃げるはずだし、どこにもいないっていうのはおかしい。
俺は生まれて初めて、もしかしたら心霊現象って本当にあるのかも知れないって思った。
警察はこの付近のパトロールを強化してくれるとのことだったけど
俺はそんなんじゃ何の解決にもならない、なんて心の奥底で思っていた。
結局、警察に相談した次の日も、また次の日もその音はずっと聞こえてきて
そろそろ自分自身も限界になってきていた。とにかく音が気になって眠れない。
もうこの時になると俺もおかしかったのか、頼れる人は誰もいないなんていう被害妄想に駆られていた。
玄関に監視カメラとかあればよかったんだけど、安いアパートだったし、そういう設備はなかった。
でも気になったので、俺は溜まった給料でデジカメを買って、玄関を録画してみることにした。
デジカメを設置した日にも音は聞こえてきたので、これはいけると思った。
実を言うとこの時俺は「心霊現象が撮れるかも知れないww」なんていう変な考えも抱くようになっていた。
もしそういうのが取れていたらつべなりなんなりに上げてやろうと。
その日はデジカメを設置しているという安心感もあって、久々によく眠ることが出来た。
明くる日の朝、起きると同時に俺は玄関に行ってデジカメを回収。
ちょっとわくわくしながら録画を見てみたんだけど、そこには最悪なものが映っていた。
正直、見なければよかったと思うほどだった。
扉を引っ掻いていたのは女だった。多分、年齢は10代~20代くらいだったと思う。
うわ、なんだこれ、と思ってずっと見ていたら、その女は石で扉の隅っこに何かを描き始めた。
気持ち悪くなった俺は見るのをやめて、警察に通報。
ビデオを見せて、その晩家の近くに張り込んでもらうことにした。
深夜0時頃、音が聞こえてきてすぐ、扉の外から警察の声が聞こえてきた。
一緒に女の声もしているのを見ると、捕まったのだろう。
そう思って、俺は扉を開けた。
その後警察署に連れて行かれて詳しい話を聞かされた。
その女は、俺のストーカーだったらしい。
なんで俺に……と思ったけど、これであの音が聞こえなくなるならそれでいい、と思って聞き流した。
ストーカーとは話すことはなかったけど、知り合いではなかったから、誰なのかは分からない。
多分、職場か地元のスーパーで俺を見つけて、ストーカーし始めたんだろうと思う。
何はともあれ、これで晴れて音も聞こえなくなる、と俺は久々に早寝することにした。
あれ以来、ずっと寝不足気味だったので、疲れを取るには丁度いいと思ったんだ。
でもその日の深夜0時頃、また音が聞こえてきた。
正直、「嘘だろ!?」って思った。
ストーカー女は逮捕されて警察署にいるはずだし、脱走でもしない限りここへ来れるはずがない。
そもそも、警察署は隣町なんだから、歩いてここまで来るのはいくらなんでも不可能だった。
デジカメを回してなかったので、扉を引っ掻いてる奴の正体を掴むことは出来ない。
でも、何となくこいつは触れちゃいけないものだと感じた俺は、そのまま無視して寝入ることにした。
結局朝まで寝れなかったけど、音は日が昇ってくるまでずっと続いていたと思う。
思うというのは、気付いたら聞こえなくなっていたからで、いつまで聞こえていたのかが分からない。
その後も音が収まる気配が一向に見られなかったので、耐え切れなくなった俺は引っ越しを決意した。
一人暮らしをやめたくはなかったから、同じ市内でアパートを見つけてそっちに引っ越した。
前のアパートよりも少し家賃は高くなってしまったけど、眠れない夜が続くよりはマシだと思った。
あの音の正体がなんだったのかは未だに分からない。
でも、今でも夜寝る時、あの音が聞こえてこないかビクビクすることがある。
本当に毎日のように続いていたから、今夜聞こえてくるかも知れない、って思うと眠れなくなる。
以上です、実話なので落ちとかはありません。
付きあわせてしまいすみませんでした。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?336