山奥に住んでた頃の話

誰もいねーってんなら、浪人中母方の実家の山奥に住んでた頃の話しでもするよ。
霊峰とかって訳じゃなく、まぁ普通の山ん中の話し。

ただ、普通の山だからこそ、それこそ頭のおかしな人やら河童や狸の噂、お化けの存在なんかが当たり前に考えられながら同居してた。
おおらかで、それでいて閉鎖的な面白い場所だったな。

勉強に専念するために居候してたとはいえ、ずっと机に向かってると頭も鈍るし、集中力も下がってくる。
そんなときは大抵、近所の山道を適当に散歩するようにしてたんだ。その時の話し。
いいかね。

ならお言葉に甘えて。
その日も一日中机にしがみついて勉強してたんだが、まぁ夜になって虫の鳴き声なんかが耳につき始めるとやっぱり集中力も落ちる。
ちょうど秋の始めで月が綺麗だったもんだから、涼みにでも行こうと山の上の方の小さな川まで月見がてら歩いて行ったんだ。

川に着くまでは十分もかからなかったな。
川幅も狭く、大した深さもない小川だったけど、澄んでいて、さらさらした水音の気持ちいい場所だった。
適当な石に腰掛けてしばらく、月明かりに照らされた水面に「とぽん」って音を立てて飛沫と波紋が広がった。

小石でも転がったか? なんて思ったのも束の間、とぽん、とぽん、とぽんとぽんとぽんとぽんとぽんとぽん、とぽぽぽぽぽぽぽ
大雨みたいなペースで、無数の飛沫が縦に上がり始めた。
降るものなんて何もないのに。

慌てて帰ったが、後ろの方では深いプールに大石落としたようなどぼぼぼぼぼって轟音が鳴り響いてたよ。
帰り着いて婆さんに話したら、「河童じゃろ、早よ寝らんか」で済まされた。
もう少し理知的なアプローチしてくれても良かったのにな。

都会で手に負えなくなったのか、ちょっと頭が怖いおじさんが近所に預けられてた時期もあった。
年寄り連中は寂しかったのか、ある意味歓迎していたようだが、毎朝玄関に丸まったティッシュを届けられる自分にとっては余り喜べない状況だったよ。
受験に願掛けして髪を伸ばしてたのが良くなかったんだろうな。
変な誤解を招いたみたいだ。

ある晩、いつものように山の空気を吸いに散歩にでたんだが、静かな山の中で自分の足音が一つ増えるのに気づいた。
振り返ったらいた。
全裸のおじさんがみかんか何かを手に握ってずっとついてきてた。
目があったのが嬉しかったのか、半ば潰れたみかんをこちらに差し出して、膝を曲げない奇妙な早歩きでこちらに向かってくる。
慌てて帰ったが、朝まで山奥で雄叫びあげててろくに眠れなかったよ。

爺さんが言うには、よく裸で山を歩いているが、山奥でのことだし誰が見る訳でもないので気にしなかったらしい。
山は何がどういう理由でそこにいるかわからないから、みんなも気を付けた方がいいぞ。
洒落にならん。

山にまつわる怖い話59

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