私が小学生の頃、登下校のルートに池がありました。
人工のため池で、淵は浅いけれどすぐに底なしになるという、すり鉢の形状をしていました。
私の2学年上ぐらいの子どもが2人ほど、溺れて亡くなっているそうです。
親が共働きだった私は、早めに帰る集団下校には組せず、5時を回った頃に1人でそこを通って下校することが多かったのです。
ある日、フェンスの間から池を覗き込むと、ほとりに見慣れない岩が置かれていました。
3段に積まれた一番下は紺の平たい岩、その上は鮮やかなオレンジの岩、一番上に少し小さい黒い岩。なんとなく、大人の男の人の背中のようにも見えるものでした。
けれど、その池は立ち入り禁止になっています。
周囲は高さ2mほどのフェンスで囲われ、出入り口には鍵がかかっていました。
もちろん、大人ならよじ登って中に入ることは可能ですが、まだ陽のある夕暮れに、目立つことを承知で忍び込む理由がわかりません。
20分ほど、ずっとその岩を見ていました。…微動だにしません。
よく観察しても、やっぱり人間とは思えませんでした。
質感が無機質すぎるのです。
フェンスを越えて確かめてみようか。何度かそう思いましたが、けっきょく度胸がなくて場を離れました。
翌日の登校時、それはありませんでした。
誰かのイタズラだったのかな。軽く判断して、学校では忘れていました。
その日の帰り。
池のそばまで来て、岩のことを思い出しました。
昨日と同じようにフェンスを覗いてみると、やはり岩はなくて、水面には数羽の水鳥が泳いでいます。
なぜか水際まで行かなくてはいけないような気がして、フェンスの入り口に向かいました。
記憶どおり、ダイヤル式の南京錠がかかっています。ガチャガチャとでたらめにその数字を合わせているあいだ、楽しくて仕方がありませんでした。
そのとき、変な声が聞こえました。
「がぽっ」というような…。見ると、池の表面に大きくて不規則な波紋が広がっています。
その波紋のすぐ横を泳いでいたカモが…。
突然、足を引っ張られたような体勢で水に沈んでしまいました…。
魚を獲るために自分からもぐったんだ。
無理にそう思い込んで、そのカモが浮き上がってくるのを待ちました。
…5分は待ったと思います。でも、浮いてはきませんでした。
ふと左を見ると、岩が…。昨日の岩状の物が、池のほとりに座り込んでいます。でもね、でも…。
昨日は池のほうを向いていたのに、今日は、私に背を向ける形に動いているんです………。
どんな状態で家まで帰ったのかは、もう覚えていません。
大人になってから聞いた話だと、そのため池では何十年かのあいだに数人が亡くなっているということでした。
ほんのりと怖い話50