タクシーに乗る幽霊の話

俺がまだオナ仮面となっていなかった20年前、まだまだ口裂け女などが噂になるような時代の話。

それは叔父の仕事先の話で、まあタクシーの運転手だったんだが、いろいろ怖い体験もしたそうな。
そんな話を、幼い俺は聞きながら育ったんだが、一番怖くて印象に残ったのはこの話だ。

その夜、叔父は客を海沿いの町まで送って、帰るところだった。
ずいぶん遠いところだったんで、もう深夜になってしまったそうな。
んで、あまり通りたくない近道をしたそうな。

なぜ叔父がその道を嫌っていたのかというと、「それは・・・出るから」とのことだった。
その道は昼でも暗くて気味が悪いうえに、車もあまり通らない。
たまたま通った車が事故に遭う。見通しが悪いわけでもないのに。
事故をした人は決まってこう言うそうな。

「変な女を避けようとして事故にあった」
タクシー仲間の間でも、その道は有名だった。
よくある話だが、「女を乗せたと思ったのにいなくなってた」ってやつ。
それに、その道に入るところには火葬場もあった。
叔父はそれでも、生まれたばかりの娘の待つ家にはやく帰りたいがために、その道を選んだ。

車が火葬場の近くを通り過ぎようとした時、手を上げる女の姿が見えた。
「しまった!」
叔父は空車ランプをつけっ放しにしていた。
これでは乗せないわけにもいくまいと、タクシーを停めた。
その女は「○○寺まで」と消えそうな声で言うと、静かにうつむいた。

こんな時間に寺?
叔父は怪訝に思ったが、実はその寺というのは、その近道を通った先にあるので、帰り道と重なっただけだなと、家に予定どおり帰れることの方がうれしく、さして気にも留めなかった。

そしてタクシーは、その道へと入っていく。
真っ暗な道で、他の車とも全くすれ違わない。
叔父は客が気まずいだろうと思って話しかけた。

「お客さん、こんな時間に、お寺になにしに行かれるんですか?」
「・・・」
「もしかしてお寺の方ですか?」
「・・・」

女の客は、何も喋らない。
叔父は「寒気がした」と、後に語っている。

すると、女がはじめて口を開いた。

「…むい」
「へ?」
「…さむい」

叔父は不思議に思った。
たしかに涼しくなってきてはいたが、まだ寒いというほどではなく、冷房もつけていなかった。
「わかりました、暖房つけますね」と叔父は女に言って、ちらりとバックミラー越しに後ろを見た。
その女の髪はぐっしょりと濡れていた。何故か磯の香りがする。
何なんだ…この客は…
叔父はほんとうに怖くなってきた。女の顔は見えない。

「キキーッ!」
叔父は急ブレーキを踏んだ。
タクシーの前に人が、それも女の姿が見えたような気がしたからだ。
叔父は「大丈夫ですか、お客さん」と、後ろの席を振り向いた。
女の客は何も言わず、うつむいたままだった。
よく見るとシートは、びちょびちょに濡れていた。
もういやだ…はやく降ろしたい。
叔父は半分泣きながら、タクシーを飛ばしたという。

そして、お寺の前の道まで着いた。
「ありがとうございました、1150円になります」と、叔父はほっとしながらドアを開けた。
女は小銭で料金を払うと、フラフラと寺のほうに向かって歩いていった。

気味の悪い客だった。
叔父が手のひらを見ると、そこにはあったのは小さな貝殻だった。
「やばい、乗り逃げだ!」
叔父はタクシーを降りて、女のほうに向かって走っていった。

女に追いつくと、叔父はこう怒鳴った。
「ちょっと、何なんですかこれは!」
すると、女が顔を上げた。

その眼には眼球がなかった。
「わわ」
叔父は声にもならない悲鳴を上げて逃げ出した。

後ろは怖くて振り返られなかった。
しかし、あの磯の香りが、女の存在を背後に感じさせた。

叔父はタクシーの方向と逆に逃げてきてしまった。
しまったと思った矢先、寺が見えてきた。
叔父は玄関にたどり着くと、狂ったように戸を叩いた。
背中には、闇。
「気が狂いそうだった」ということだ。

すぐに戸が開いて、中から住職が出てきた。
住職は叔父の様子を見て、尋常ならざる事態に気づいたのだろう。
叔父をかくまう様に中へ入れると、戸を閉めて叔父を本堂に連れて行った。

ここまで来て、叔父はだんだん落ち着いてきた。
それを見て住職が話しかけた。
「あんたタクシーの運転手かね」
「…はい」と叔父が答える。
「何かへんなもん乗せたじゃろ」
「…」
ガタガタと、本堂の障子が音を立て始めた。
そしてまた、あの磯の香りがしてきた。

すると住職がこう怒鳴りつけた。
「帰れッ!まだここに来てはならんッ」
そして住職は読経を始めた。
叔父も必死で「南無阿弥陀仏…」と唱えた。

しばらくそうしていると、音も、あの香りもしなくなっていた…

俺はここまで聞いていて、正直震えてしまった。
叔父は後日談を付け加えた。

あの日の2日前、海で身元不明の女の水死体が上がったという。
検死や身元照合などを終え、あの火葬場で荼毘にふされたのがあの夜だった。
そして、火葬場で焼いたその遺骨は、あの寺の墓地に埋葬されることになっていたという。
住職は、まだ遺骨が火葬場にあることを知っいて、ああ言ったのだろうか。

俺はこう聞いた。
「なんで眼が無かったの?」と。
叔父はこう答えた。
「海で溺れ死ぬと、魚が目の玉を食べちゃうんだよ」と。
それからしばらく、俺は魚が食えなくなった。

今では叔父のこの話は、俺を怖がらすための嘘だったと思う。
でも実際にこのタクシーに乗る幽霊の話は、地元紙に載るくらいだったし、もちろんそれは3流の記事の扱いだったけど…

これはいつもの怖い話とは違い、すこし怖いくらいの表情で話す叔父の姿とあいまって、俺に、この話はもしかしたら本当じゃないだろうか?と思わせて仕方がないのだ。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?79

シェアする