彼女の実家がベッドタウンの住宅街にあるんだ。
1970年代後半くらいから人が集まり出した地域らしくて、彼女の実家も転入組。だからPTAだとか、パートだとか、習い事とかで知り合った人以外とはあまり面識がないってのが普通らしい。
彼女の家は一軒家なんだけど、はす向かいの家から十字路をまたいだところにすごく古い家があるらしい。
ベッドタウンになる前から、そこに住んでいる人らしい。
実際、表札にかかっている名字はその隣町(っていうのか?○○市××の××の部分)の地名にもなっているし、老舗の商店だとか前の前の前の市長の名前とかに見られる、いわゆる地元の名士の一族らしい。
でもその地域の××さんの多くが町の主要な施設、政治で華々しい活躍をされているのに対し、彼女の家の近所の××さんは何をしているのかも知れないし、記憶にある限りでは顔も見たことがない。
小学校入学前に転居してきて、もう今年で24にもなるというのに。
もしかしたら誰も住んでいないのかもとも思ったが、夜になるとボンヤリと60ワットくらいの電球が灯っているのが見える。
それだけがかろうじて在宅を知るてがかりだったわけだ。
つか24年間も近所の住人に顔も見られずに食事だの銀行だの娯楽だのゴミ出しだのはどうしていたんだよ、と怪しい話だが彼女の母親も地域の集まりや他の行事でも一切面識がないと言う。家族構成がどうなっているのかも全く知らない。
それが今年の6月、仕事が遅くなって夜の10:30を回った頃だ。
駅から家路を急いでいると××さんの家の前にひとだかりができている。
野次馬が集まっているような感じではなくて、お客さんが大勢、もてなしてくれた家人に別れの挨拶をしているような様子だったらしい。
十字路を照らす街灯の向こう側の暗がりに、礼服姿の男性、着物姿の女性が15,6人くらい、玄関に向かって整列しておじぎを繰り返していたらしい。
後姿だったんで顔は見えなかったらしいが、髪形からしてほとんどが中年かそれ以上の年齢に思えたとか。
××さんの家にお客さんか、珍しいなと思いながら通り過ぎたが、違和感がある。玄関の戸はいつもどおり閉じられている。
つまりその集団は誰に向かうでもなく挨拶を繰り返しているのだ。
明かりは消えている。××さんの家の明かりは9時を回ったあたりでいつも消えるのだ。
それに気づくと彼女は不気味に思って見ないようにして足早に家に逃げ帰った。
二階の自室の窓から恐る恐る十字路の方を覗き見ると、もうその人達はいなくなっていた。
思えばあれだけの人数が揃って頭を下げていたのに、誰も一言も発していなかったように思えたとか。
その一月後、金曜の深夜に自室でジョジョの最新巻を読んでいたら窓の外からヘッドライトの明かりが射した。それがいつまでも消えない
ので窓の外を見ると、どうやら車が××さんの家の前で止まっているようだ。
またお客さんなのかな?と注意してみやると、それは霊柩車だったらしい。
急いで下の階に下りて、洋ドラを見ていた母親に「お母さん、××さんのとこ、霊柩車きてるよ」と伝えると「あら、どなたか亡くなったのかしらね」そう言ってまたドラマに戻ったらしい。
また自室に戻って窓の外を見ると、もう車は去っていたらしい。
「でも変だよね。霊柩車って病院から家とか、お葬式の後に家から火葬場に連れて行く時に使うんだよね?」この話を聞いた時に彼女が聞いてきたので「いや、家で亡くなった人を斎場とかお寺に連れて行ったりするのにも使うんじゃないかな」と返しておいた。
それにしても夜中に家の前で数分だけ停車して遺体を運ぶっていうのも妙な感じがしないでもないけど。
んで、今でも××さんのお宅には変わらず明かりが灯っているので、どうやら一人暮らしではなかったようだ。
ほんのりと怖い話61