Aが居なくなった

20年程前、友人と連れ立って登山に。
福岡のA山へ。

登山と言っても、舗装された道路を自転車で登るだけのもので、長い坂道を自転車から降りずに走り抜くという根性見せゲーム。
学生時分のことだから、何が楽しいのか分かんないけど数回通った。
これは良い思い出。
七号目辺りまで登りきると開けて平らになっていて一般的にはここが頂上とされる。
駐車スペースと、売店と、綺麗な夜景が見える場所。

今回はその先の獣道を進んで見ようという試み。
ここに向かう頃にはもう夕方に差し掛かっていて、道中真っ暗闇を歩く事になった。

当時、携帯電話持ってたろうか忘れた。
ともかく視界の頼りは月の光だけだったような。
木々に遮られて空の明かりが届かなかった。
目が頼りにならないから、枝を投げ、先に道があるかどうか確かめながら進んだ。
もちろん怖かったが、興奮と楽しいのが勝った。

一応は人が通る用の道らしく山頂に向かい、幅一メートルほどの間隔で木々が別れて生えて道となり、歩くには苦労しないし、迷う事もまず無い。
ただし登山客用の道ではないから不自然にこうばいが荒く、真っ直ぐではなかった。
踏み外せば転落しかねない箇所も多々。
たぶん死にはしないだろうけど。

その場には気の合う仲間が三、四人居たと思うが、疲れもあって無言の時間が長くなった。
それでも二時間も経ってなかったかな?ゆっくり進んだ事もあって、距離的には大した事ないと思う。

ここは目に浮かぶように覚えてる。
街の明かりが見え、
鋼色の小くした東京タワーのような物と遭遇した。
電波塔と言うのかな?
ちょうどこの後の道が急になっていて、ほとんどよじ登るような形になる。
登った先の暗闇が一層濃くて、ここに来て始めて、言わば霊的な恐れを感じた。
暗闇が深く感じたのは、一旦街の明かりが目に入ったものだから、視覚的な効果によるものも大きいと思う。文字通り何も見えなかった。

それから先に絶対に進みたくないと思った。
友人達に告げると実は俺も、俺もだと、全員で引き返す事に。

よじ登った道をズルズルと滑り降りて、そそくさと退散し始める。
後ろで仲間の一人が、おい早く来いと声をあげた。
振り返るとAがまだ上にいて、頭を向こうにむけたまま、四つん這いになって体を大きく上下に揺らしてる。
駆け寄ってみると、ふーと息を漏らしてる。

訳が分からずもう一度、仲間の一人が早よ来いよと声をかけた時に、Aは寝転がるようになって、ズザーとずり落ちた。
それがなんだか嫌だなと感じた。Aが近寄って来たのが嫌だった。
ともかく囲んで何してんだ、大丈夫か、と腕を掴んで立たせて、皆で服に付いた土を払ってやった。
帰ろうぜと手を引くと、Aは返事はしなかったが、歩き始めた。
先頭を進むAの歩みは遅い。

誰もそのことには触れず、Aからは二メートルほど距離を取って付いて歩いた。
ゆっくりではあったにせよ、足元の確認をせずに進むAの様子を心配するとか、疑問を抱くとかいう心持ちではなく、Aは明らかにおかしくて、そのことを騒ぎ立てようものなら、自分達がとてつもなく恐ろしい事態に陥っている事を認めてしまうような、まとわりつくような恐怖があった。

Aはヨタヨタ遅い分、急なこうばいに躓かないようだった。途中穴とも取れる深い溝などに足を取られながらも先頭を船頭を担う彼が帰路に向かっている事に希望があった。

しばらくして、Aが道を外れ、茂みに向かって消えた。
俺達はギョッとして立ち止まったが、茂みの揺れる音がやんだ位置から察するに、そう遠くに離れていないことが分かっていた。心臓ドクドク言ってた。
少しして、Aが何かを喋り出した事が分かった時に、反射的に逃げ出した。
それは早口で何を言っているか分からなかったし、分かりたくもなかった。
夢中で進んで、舗装された山道に着いた。街の明かりが嬉しかった。

そこからは自転車に乗り、山を降りる間は自転車のペダルを漕ぐ必要はなかった。
かなりの速度が出ていたはずだが、体を動かさない分、焦りは募るばかりだった。
Aが居なくなった事を早く大人に知らせなくてはならなかった。
一番近くにある友人宅に全員で詰め寄って、その日からAの捜索が始まったが、結局は見つからなかった。

おばあちゃんが言うには、山の神様がお前達を守ってくれたとの事で、なんだか胸がジーンとした。
言われてみればあの 暗く険しい山中を、駆け下りるような離れ業、出来るわけが無かった。
ただやっぱり今でも山は怖い。

山にまつわる怖い話65

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