取ってはならない熊

マタギの本場・秋田県のマタギには、「取ってはならない熊」として、三種類の熊が伝えられている。
ひとつはツキノワグマのトレードマークである月の輪がないミナグログマ、もうひとつはアルビノ個体であるミナシログマであるが、マタギたちが「関わってはならない」とキツく教えているクマが、足の肉球に大きなコブを持つ「コブグマ」というクマである。

このコブグマは東北のマタギたちに「小和瀬のコブグマ、大深の大グマ」と謳われた稀代の大熊であり、山神に最も近い御使い熊であるという。
秋田~岩手の八幡平周辺の山中を何百キロも闊歩する「渡りグマ」であると言い伝えられ、その大きさは60貫目とも100貫目とも伝えられる。

通常、ツキノワグマがどんなに大きくなっても40貫目ぐらいであることを考えれば、仮に60貫目あるとしてもワールドレコード級の大熊である。
もし伝承の通り100貫目あるとしたら、もうツキノワグマよりも大型であるヒグマでも、まずお目にかかることはない大物であるといえる。

面白いのは、この熊の実在がほぼ確実視されているという点である。
昭和34年4月、動物作家・戸川幸夫氏が豊岡・白岩マタギたちと朝日岳に動物の生態撮影に入ったが、岩手県境に近い朝日岳のナンブツルという地点で、氏は雪上に件のコブクマの足跡を発見、写真撮影に成功しているのだそうである。
私は実物を拝んだことはないが、写真に収められたその足跡には、三升入りの茶釜大のコブがくっきりとついていたという
通常の熊の足跡が人間の手のひらぐらいの大きさであることを鑑みれば、足跡の主の巨大さが如何に常軌をを逸しているかわかろう。

マタギの本場である阿仁や西仙北マタギたちの間には、この熊をあわや射殺というところまで追い詰めたという話が残っているが、実際にその姿を見たものはいないという。第一、この熊はいくら仕留めようとしても絶対に仕留められないと言い伝えられており、その伝説が独り歩きしたものなのか、いつしかこの熊は「討ち取ろうとしても絶対に打ち取れない熊」としてマタギたちに言い伝えられている。

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