すっぽん、ありまへーん

うちは周囲を山に囲まれた40戸足らずの集落で、町へは山を二つ越えねばならず、最寄の集落さえも山一つ向こうという陸の孤島。
水道が通ったのが1970年代というから、大正から昭和初期であろう当時の田舎ぶりは推して知るべしといったところ。

人家の集まるエリアから最寄の集落への道は現在も一車線の寂しい道なのだが、その途中、2km程行った所にぽつんと一軒の家と小さな池があった。
現在は家は無く池だけがあり鯉を飼育販売しているのだが、当時はそこですっぽんを飼っていたらしい。
ある日の夕暮れ、すっぽんを買い求めに人がてくてく山を越えてやってきた。

「すんませーん」

家に向かって声をかける。すると、
「すっぽん、ありまへーん」
池の方から声だけが返ってきた。

なんとなしに人影を探してみたのだが見当たらない。
「すっぽん、ありまへーん」
と、また声がする。

仕方が無いので諦めてその人は帰ってしまった。
そんな事が何度かあり、皆はすっぽんが食われるのを嫌がって返事をしたのではないかと噂した。

以上、ほんとに地味だけど実在する場所での話だったので自分にとっては興味深かった。
この池は10年以上前に台風に壊され、横を流れる川と一つになってしまい、現在は道路拡張工事のために跡形も無く道路の基礎部分に姿を変えている。

ほんのりと怖い話73

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