祖母の茶飲み友達である、Mさんとこの爺さんの親父さんが山へ下草刈りに出掛けたまま夜になっても戻らず、総出で山狩りの仕度をする大騒ぎとなった時の話。
親父さんが下草刈りを終えて帰宅する途中、稲荷神社のそばに差し掛かった所で見知らぬ女がうずくまっていた。
そのお稲荷さんは端午の節句に子供相撲を奉納したりと住民にはなじみの深い場所だが、当時は村の中心と町とを結ぶメインの道(一車線)からは少し外れて山へ入った人気の無い寂しい所だった。
「どないしはりました?」
声をかけてみる。
しかし、女は俯いたまましくしく泣くばかり。
そこで親父さんは考えた。
見れば色白で身奇麗な格好をしている。俯いていてよくわからんが随分な美人の様だ。
こんな女がここにいるのは場違いだ。そうだ俺はいま狐に化かされているに違いない。
そういえばここはお稲荷さんの近くじゃないか。
よし、と鼻息荒く腹を決めた親父さんはそっと女に歩み寄り、”きゃいっ”と持っていた鎌で女の足を引っ掛けて手繰り寄せがっしり足をつかまえた。
そして後ろ手に女をずるずると引きずりながら揚々と帰宅の途についた。
しかしその時異変が起きた。
同じところをぐるぐる回るばかりで何時まで経っても家に辿り着けない。
いよいよ本気で化かしにかかったか、だがまけるもんかと親父さん。根性で歩く歩く。
とうに日は沈み、辺りはすっかり暗くなってしまったが親父さんは諦めない。
捕まえた狐を離さず、ひきずりひきずり歩く歩く。
苦労してようやく家に辿り着いた親父さんを迎えたのは、心配顔で山狩りの準備を進めていた集落の住民一同。
さっそく親父さん得意満面の顔で一部始終を話しだす。
話し終えた頃、皆の視線は何故か生温かいものに変っていた。
親父さんの手には、わさわさと枝葉をつけた一本の青竹がしっかりと握られていた。
以上、何が怖いって見知らぬ人が居て不自然だからと鎌で斬り付けたことに何も突っ込まなかった皆と当時の自分が怖い。
稲荷神社は現在、周囲の雑木林が伐採された事に加えてメインと呼ぶに相応しい二車線の道路が真横に敷設され、晴れて開けた場所となっている。
ほんのりと怖い話73