幽霊が出る部屋

今から20年ほど前、私が小学校4年生の時に体験した話です。
厳密に言うと、「体験」はしていないのですが…。

生徒数がそれほど多くなく、校舎も部屋数が少なくこじんまりとしていたのですが、何故か全く使われていない部屋が幾つかありました。
そうなるとお約束というか、その小学校でも「幽霊が出る」という噂がどこからか湧き出してきて、その使われていない部屋の内の一室がその噂の舞台になっていました。

その小学校では、給食時は牛乳ではなくお茶が出るので、昼に給食当番がお茶の入った大きなヤカンを1階の給湯室まで取りに行く、というシステムになっていたのですが、問題の部屋は、その給湯室のすぐ隣にあり、平日は誰かが毎日通る場所にありました。
取られる物が何もないからなのか、その部屋は施錠されていることがなく、誰でも簡単に中に入ることができるようになっていました。授業を受ける教室よりは2回りほど狭い部屋でした。中には何もありません。

噂によると「幽霊が出る」というのは、夜に限ったことではないようでした。
ヤカンを取りに行く4時間目終わりの休み時間に、扉を開けてふと中を覗くと、そこに立っているらしいのです。
つまり、生徒が学校にいる時間帯に、その部屋に幽霊が出るらしいのです。
まぁ、休み時間に大勢で押し掛けると遭遇しなかったりしたらしいのですが、独りで通り掛かったりすると、見てしまうらしいのです。

そういう噂は私が小学校に上がる前からあったらしいのですが、如何せん実際に見た人数が少なく、大した盛り上がりを見せることはなかったらしいのです。
しかし私が4年生になった年の夏に、噂は一気に強まりました。私の学年の同級に「幽霊を見た」体験者が爆発的に増加したからです。
私のクラスでも例外ではなく、クラスの8割の生徒が「幽霊を見た」と証言していました。

その証言には、“一度に3人以内で見た”という点と“部屋の隅にボーっと見えて、数秒で薄らいで消えていく”という点は共通していたのですが、奇妙なのは、問題の部屋で見られる「幽霊」が、人によって異なっているのです。
勿論全員が全員違うということはありませんでしたが、「兵隊」「お腹の裂けた女の人」「頭がいっぱいある犬みたいな生き物」「骸骨」「お墓」「白い子供」等々、とても同一の幽霊とは思えないものでした。

私はというと残りの2割の方、つまり“見たことがない”人間でした。
同じ学級で考えても、見たことがない人は20人程度しかいませんでした。
見た人間は1日中その話題で盛り上がり、見ていない私達は一方的に話を聞かされるか、仲間外れにされるかでした。

どちらにしても「また幽霊を見たい」ということで、その部屋には生徒が毎時間のように詰め掛けたので、先生達が問題視し部屋を施錠して、全校集会で校長直々に注意しました。
あの部屋について生徒からあれこれ聞かれるので、先生達もうんざりしていたのでしょう。

しかし、私のクラスの担任であるU先生は違いました。
赴任して来たばかりということもあったのでしょう――今から考えると、U先生自身がオカルトに興味を持っていたのだろうと思います――が、U先生はこの噂を生徒と同じように熱心に聞いていました。
そして思いが通じたのか、U先生も何かしら見たようでした。

それから時折、校長以下他の先生の目を盗んで、終わりの会(授業が終わってからするやつね)でその話題をU先生の方から出すようになりました。
で、あろうことか、「夜の部屋で皆で幽霊を見よう」と、生徒達に持ちかけ出しました。
見たことのある子供も見たことのない子供も、諸手を挙げて賛同しました。
とんでもない先生ですが、今思うと、幽霊を見られなかった生徒を不憫に思う気持ちもあったのかもしれませんが。

私の学校では、夏にクラス独自で学校に集まって、夜に花火大会などをすることが許されていました。
用務員さんなどが宿直していましたが、予め知らせておけば、うるさく言われることもありませんでした。
ましてやU先生が同行するのですから、“夜の部屋で皆で幽霊を見る”という計画は成功することが約束されているようなものでした。

夏休みに入りたての、当日の夜には、クラス全員が集まりました。私も“幽霊を見る”ことで皆の仲間に入りたい、という気持ちがありました。
見ていない子供は、全員そう感じていたと思います。

全員揃った午後9時頃、U先生を先頭に、問題の部屋に向かいました。
宿直室以外全ての明かりは消されており、U先生の持つ懐中電灯の明かりだけが頼りでした。
部屋の前に立ち、用務員さんから借り受けた鍵で開錠し、皆の強張った顔を一通り眺めると、U先生は「いくぞ」と言って扉に手をかけ、ガラガラッと一気に開け放ちました。
私は、人だかりの後ろで背伸びして、その先に有名人でもいるかのように熱心に覗き込みました。

その途端、ほとんどの人間が学校中に響き渡る悲鳴を上げました。
誰もが力の限り叫んで、体がガタガタになったように走り、少しでも早くこの場から離れたいというように眼鏡ケースやらガムやらバッチやらを落としながら逃げていきました。U先生も例外ではありませんでした。

私はというと、悲鳴にビックリして、腰が抜けたようにポカンと取り残されていました。
真っ暗な廊下に残っていたのは、私とSという男子生徒だけでした。
私はまたもや部屋の中に何も見つけられなかったので、S君に尋ねると、最前列にいた彼も「何も見えんかった」と答えました。
2人で恐る恐る部屋を覗くと、ガランとした真っ暗な部屋があるだけでした。
結局私はまたも、「幽霊を見る」ことはできませんでした。

その日以来、私のクラスでは誰も噂について話さなくなり、部屋を覗き込むというようなこともなくなりました。
あれだけ熱心だったU先生も、二度とその話題に触れることはしませんでした。
私とS君以外の全員があの日あの部屋で何かを見たからこうなったのか、それはわかりません。

当時同じクラスで今も付き合いのある人間は何人かいますが、その話題になると、大抵「よく憶えていない」か「そういう噂、あったよなぁ」と言われる程度です。
それらしいものも見ず、今日に至るまで釈然としないのですが、話はこれで終わりです。

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