猿の像

この間仕事で取引先の会社を訪問して応接室に通された。
その部屋に入るのは初めてだったが、高価そうな洋画の横にどす黒い不気味な像が置かれているのに気がついた。

お茶をいただいて担当者と仕事の話を始めたものの、その像がなんか気になる。
けどもいきなり関係のない質問をするのも不躾だと思っていたら、「カタログを持って参りますので少々お待ちください」と相手が中座した。

で、像に近づいてみた。
口を大きく開けて吠えている猿の姿が台座にしつらえられている。
木彫りなどではなく本物の猿のように思えた。
ただし剥製のようにふさふさした毛などはなく、魚の干物のような色と質感で、これはミイラなのだろうと思った。
高さは台座を入れて1m弱と大きくはないので、ニホンザルなのかもしれない。

しげしげと見ていたら突然、猿の大きく開いた口の中から、赤黒い芋虫のようなものが出てきた。
それは猿の体のように干涸らびてはおらず、ぬめぬめと濡れて伸び縮みしている。
うわっ、と思って後じさったら、猿の口がしわがれた声を発した。

「ユレル、ユレル・・・アシタ、アサニユレル・・・」はっきりそう聞こえた。
そして芋虫のようなものは引っ込んでいき、それ以後一言も発しない。

呆然としていたとろに担当者が戻ってきた
「ああその猿、興味を持たれましたか。みなさんそうなんです。なんというか場違いですからね。これは弊社の先代の社長が大切にしていたもので、何でも決断に困ったときなんかに・・・予言をしてくれたんだそうです。」

「・・・予言・・・。これまで聞かれたことはありますか。」と俺がやっと言うと、
「はは、まさか。音一つ立てたこともありませんよ。まあ処分するわけにもいきませんし、これでもけっこう話題のないときには役だってくれるんです。」
ソファーに戻ったらやっと落ち着いてきた。今見たことを話そうかと思ったが、担当者の口ぶりからすると、下手な冗談としか受け取られないだろうと思いやめにした。
なんとか打ち合わせを済ませて社に戻った。

家に帰ってから、防災用品の確認をしたり、風呂桶に新しい水を溜めたりいろんな準備をした。
「ユレル」という予言なら地震としか考えられない。
かといってこれをまさかテレビ局や政府の機関に報告するわけにもいかない。
キチガイ扱いされるだけだろう。迷ったものの会社の同僚にも話さずじまいだった。
ただ実家の両親には明日の朝に地震があるかもしれないから用心しろと連絡はした。
やはり信じている反応ではなかった。

緊張して眠れなかったが4時には起き、いつでも飛び出せるよう貴重品を入れたバッグを持って待機していたが、特に何もない。
そのうちに出勤の時間になったので会社に行くことにした。

8時を回ったが何も起きない。
いつもモーニングサービスを食べるホテルに寄ったら、混雑していて相席になった。
素早くたべてしまおうとしたら、テーブルの上のベーコンエッグの皿やオレンジジュースがガタガタ揺れたので、「キター」と言って立ち上がった。店内の客がいっせいにこっちを見た。

すると相席だったハゲのサラリーマンが、
「ああ、すみません、すみません。わたしの貧乏ゆすりです。悪い癖でついうっかり。」
それ以後何も起きないまま一日が終わった。

ほんのりと怖い話90

シェアする