普通と違う熊

怪談慣れしている皆さんにとって、どの程度の怖さになるか分かりませんが、俺が中学生の頃、列車で会って仲良くなったご老人から聞いた話を書き込ませて頂きます。

ご老人の住む村は「マタギ集落」と呼んで良いぐらい、多くのマタギが住んでいます(今現在は、どうなってるか分かりませんが)。
山の事に精通し、大きな熊と相対するマタギは度胸も人並み以上なのですが、そんな彼等でも怖れる存在があって、それは「普通と違う熊」なのだそうです。。

普通と違う熊というのは三種類ほど居て、それぞれに名前があったと思いますが、「全身真っ黒な熊」「全身真っ白な熊」「通常のサイズより、ずっと大きな熊」なんだそうです。
信心深いマタギ衆の方々は、それらを山の神様の化身として畏れ崇めていて、山で出会っても絶対に撃ってはいけない、万が一仕留めてしまった場合は、マタギを辞めなければならないとの事です。

そう話した上で、お年寄りは自分の村で起きた話をしてくれました。

彼の村にはその昔、一郎さん(仮名)という方が居ました。
村でも指折りの、かなり腕の立つマタギだったそうです。
ある日の事、一郎さんが仲間と共に山へ行くと、ちょうど良い所にツキノワグマが居ましたので、すかさず仕留めました。

喜び勇んで仕留めた熊に駆け寄った一郎さんですが、熊の胸元を見て、彼の顔色がサッと変わりました。
ツキノワグマなら胸元に必ずある筈の、白い模様が無かったのです。
「そんな馬鹿な。必ずどこかに、白い毛がある筈だ」と必死に探す一郎さん。

しかし、ただの一本も白い毛は見つかりませんでした。
結局彼は掟に従い、マタギを辞めました。
マタギを辞め、農業に精を出す事にした一郎さん。
暫くは新しい仕事も順調で、何事もありませんでした。

ですが暫くすると、妙な事が起き始めました。
一郎さんが夜、家に居ると何やら臭いがして息遣いも聞こえる。
元マタギの一郎さんは、すぐにそれが熊のものであると分かりました。
しかし、家の中や周囲を探しても熊は居ない。

また、ある時は一郎さんの畑にだけ、熊の足跡が沢山残されていた事もありました。
別の日の夜、彼が夜道を歩いていると後ろに気配する。
振り向くと、そこには仁王立ちになった熊が。
胸元には白い模様が無い。あの熊だ…。

こんな事が続いて、一郎さんはすっかり人が変わってしまいました。
恐怖を払拭する為かお酒の量も増え、酔うと延々、あの熊の話をする。
「アイツは俺を許してないんだ。俺はいつか、必ずアイツに殺される」

そしてとうとう、最悪の事が起きます。
ある日の夜、やはりお酒を飲んで酔っていた一郎さんは、何やら訳の分からない事を叫んだかと思うと外に飛び出し、そのまま居なくなってしまいました。

村の人達は手分けをして探しましたが、一郎さんは影も形もありません。
しかし数日ほどして、村のすぐ近くを流れる川で釣りをしていた子どもが、一郎さんの遺体を発見しました。

見つかった一郎さんは川岸の岩に腰掛けて、一見すると座ったまま眠っているんじゃないか、という状態で亡くなっていたそうです。
また岩の周囲には、熊の足跡と毛が、沢山残されていました。

余談ですが、一郎さんを発見した「釣りをしていた子ども」が、私に上記の話を聞かせてくれた、ご老人その人です。

俺自身は、本当に熊の幽霊が出たかどうかは分かりません。
けれど一郎さんに付き纏う「熊の影」は、多くの村人も見ていたそうです。
そうなると、やはり山には人間の知識や常識が通用しない、何かがあるんじゃないか、と思えてきます。

山にまつわる怖い話76

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