ツウフウが出るぞ

前職が建設機械レンタル業だったんだけど、その時の話。

とある建設会社に機械を貸し出す為に、同僚と二人してユニックで行ったんだ。
その会社は郊外の田園地帯に建ってて、社屋の裏側が資材置場になってる。
結構広い敷地に資材や機械や車両が置いてあるわけだけども、一台だけ隅っこにポツンと2tダンプが止まってた。
前もって先方から、空いてる所に適当に下ろしてくれとのリクエストを受けていたので、そのダンプの近くが良かろうとユニックを寄せ、車から降りた。

機械を下ろす前に周辺の状況を確認していると、奇妙なことに気づいた。
そのダンプなんだけど、至るところから錆を噴いてて、ここ数年使われた形跡がない。
ところが、荷台の中が異様にキレイなんだ。
キレイと言っても茶色く錆び付いてるのに違いは無い。
奇妙なのは、錆以外に傷も凹みも塗装の剥げも無いって所。

普通、土建屋が使うダンプってのは、新車であっても一週間も使えば荷台は傷や凹みだらけになるんだよ。
でも目の前のダンプにはそれがない。
要するに、そいつは年季は入ってても実際はろくに稼働してない、ってことなんだ。
同僚もそれに気付き、もっと近づいて中を見よう、となった。

その時だった。
「おーい! アンタら、ちょっと待て!」
ユニックの向こう側から声が聴こえた。

声のする方を見ると、そこの会社のオッサンが息を弾ませ、こちらに向かって小走りで向かって来るのが見えた。
「どうかしましたか?」と尋ねようとするより前に、オッサンは両腕を横に払うような動作と共にこう言った。

「ソイツに触んな! ツウフウが出るぞ!」
「はあ?」
としか答えようが無かった。

ツウフウ? なんだそれ。と一瞬考え、ああ、もしかして痛風のことか、と考えるに至った。
視線を戻し、同僚を見ると、両手で荷台の縁を掴み、片足をステップに掛けているところだった。

「あ、バカ。離れろ!」
背後からオッサンの声が聴こえた。
「え? なんですか? 痛風って。どういうことですか?」と尋ねる。
「あ、すいません。なんか不味かったですか?」
ダンプから離れた同僚が悪びれた様子で言う。

オッサンはしばらく息を整えていたが、同僚を睨むように見て、
「ソイツに触るとな、痛風になんだよ。痛風。解るか? 痛風」
要領を得ない顔で、はあすいません、と返す同僚。
長いため息の後、困惑した顔でオッサンは説明を始めた。

オッサンの説明によると、そのまんま「そのダンプに触ると痛風になる」という話だった。
購入してすぐに解ったことだという。
新車同然のダンプを格安で譲ってくれる、という同業者のヤードまで引き取りに行った者が最初の犠牲者だったらしい。
自社の駐車場にダンプを停め、社内に入って休憩室で一服している時に痛風の発作に襲われた、と。

その時はダンプが関与しているということは分からなかったが、その後、ダンプに乗る者、触る者がことごとく痛風になったと言う。
一週間も経たない短期間に痛風患者が続出すると、買ったばかりのダンプが疑われるようになる。

説明するオッサンも例外では無かったらしい。
さすがにこのダンプは使えない、と判断し、一旦裏側の資材置場に置いておこう、という話になり、オッサンに白羽の矢が立った。
その一件以前に既に痛風持ちだったから、というのが理由だという。

釈然としないままにダンプに乗り、移動を終え、降りようとドアを開け、脚を動かした瞬間だった。
凄まじい激痛が左足首に走った、と。

文字通り転がる様にして車外に出たオッサンは、這いつくばって社屋に向かった。
常備してある痛み止めを飲み、履いていた長靴を脱ごうとするが、くるぶしの辺りがパンパンに腫れ上がって一寸足りとも動かない。
無理に脱ごうと動かせば、地獄の痛みが襲ってくる。
仕方なくオッサンはハサミで長靴を切り裂いて脱いだそうな。

その時以来、ダンプはそこにあるという。
誰も触らず、動かさず。

「いやあ、マジですか? 参ったな」
同僚は半信半疑というより、冗談半分でしか聞いていなかったが、オッサンは本気で心配していた。
どういう痛みか、どう対処すべきか、オッサンは滔々と説明していたが、同僚はその最中にもこちらに意味深な目配せをしてくる。
実際、自分も本気にはしていなかった。

「分かりました。気を付けます」という言葉でその一件は終わり。
機械を下ろし、伝票を切って、仕事は完了した。

単なる偶然だろうとか、からかわれたんだろうとか、そういった緩い考えは一日ももたなかった。
その他にも貸し出しや回収を何件か行い、帰社して書類を整理し、一服してから帰宅しようか、とした時だった。
「足が折れた!」
同僚の叫び声が聞こえたのは。

実際、足は折れてはいなかった。
折れたと感じるほどの痛み。つまるところ痛風の発作というやつだ。
大酒飲みの、糖尿一歩手前のデブ。それが同僚。
だから考えてみれば、いつ痛風が来たっておかしくはない。

ダンプに触ったことに起因するのかはわからんのだけど、世の中にはそうしたこともあるんだなあ、と。

ほんのりと怖い話123

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