山奥の家

まあ、かなり前の話なんだが、一時期渓流釣りに凝ってた。
友人が本格的に嵌ってて、それに付き合って始めたのだが、結構楽しかった。
川の上流を目指して、山奥まで入る事しばしば。
絶好のポイントを探して、人跡未踏の場所に踏み入ること自体、ほとんど探検気分だった。

ある日、友人と二人で、かねてから目をつけていた川に行った。
四駆で林道を越え、悪路が途切れる場所に車を止めようとすると、友人がエンジンの不調を訴えた。
エンストしちまった。
もう釣りどころじゃない。
こんな人気の無い山奥まで来て、どうやって帰るんだ。
とりあえず知り合いかJAFを呼ぶしかないだろってことになった。
徒歩で山道を引き返していると、何か私道みたいな細い道を発見した。

県道まではまだ遠い。人家があるんだったら、そこで電話を借りようって話になったんだが、果たしてこんな山の中に電話なんか来てるのか?
疑心暗鬼のまま進んでいくと、平屋らしき建物の屋根が見えてきた。
予感どおり人の気配が無い。
まったくの無駄足になって、二人ともどっと疲れが出た。

近づいて家屋の様子を見るに、ほとんど廃墟同然。
どちらともなく、ちょっと家の中に入ってみるかってことになった。
がたのきた雨戸には鍵がかかってなくて、開けようとすると枠が外れ
そのまま倒れてしまった。
何があったんだってくらい、中は荒れ果てていた。
畳はめくれて投げてあり、本棚は倒れ、その上に横倒しになったストーブ、汚れた布団や衣料、家財道具などがばら撒いてあるかのよう。

足の踏み場もないなと思っていると、友人から声がかかった。
二人で玄関の方に回ると、土間と上がり框があって、板張りの居間には囲炉裏
らしきものが、といってもシロアリに食い荒らされて、床板は穴だらけだったが。
居間の引き戸を開けると、工房らしき作業場があり、大量の陶器の破片が散乱している。

陶芸家でも住んでいたのだろうか。
外には窯らしきものもあったなと話しながら、作業場から入るドアをゆっくり開けた。
一つは洗面所と浴室。ここも泥だらけで、浴槽には澱んだ雨水が溜まっている。
もう一つのドアを開けようとして、何か背すじがぞっとした。
友人がドアノブに手をかけたと同時に、もう行こうと声をかけたのだが、扉は開かれてしまった。

その部屋は整然としていたのだ。

ここの住人が寝室として使っていたのかもしれない。

六畳間に布団が敷いてあり、横には小さなちゃぶ台があった。

ちゃぶ台の上には空の湯飲みと灰皿があり、そこにはたばこの吸い刺しが。

まるで今しがたまで、誰かがそこにいたような感じだった。

布団の枕もとには石油ランプがあり、近くには週刊誌が広げてあった。

友人は無言でその週刊誌を拾い上げ、発行日の日付を確かめた。

それから、「三年前のだ」とつぶやき、お互い顔を見合わせた。

と同時に、二人ともわめきながら部屋から転がり出た。

私道に分岐する林道まで走って逃げて、そこで息をつきながら、しばらく休んだ。
「あそこってさ、発狂した人間が住んでたんじゃねえかな」
僕は自分の恐怖についてしゃべった。
友人は目を閉じて、しばらくこちらの話を聞いているようだったが、ずっと無言だった。
どう思う?こちらから訊ねると、友人は静かに話した。

「あの部屋だけど、・・・・・虫とか動物が入ってきた形跡が無かったよな」

「本当に人間が住んでたのかな」

「さて、車どうすっか?」
僕は聞いていない振りをした。

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