母の警告

私が高校に入学してすぐ、母親が失踪ました。
父が言うには、母にはもう数年も前から外に恋人がいたそうです。
「アイツは父さんとお前を捨てたんだ」そう言ってうなだれる父の姿を見て、これからは私が母親の分まで父を大切にしようと決心しました。

しかし、それから家では、奇妙な事が続きました。家全体が何となく、ゾワッと総毛立つような雰囲気に包まれ、確かに閉めておいたドアが開いていたり、棚の上のものが落ちていたりするのです。
そこで私は、「母はもう死んでいるのでは?」と思ったのです。

玄関に置いたままにしてある母の靴を調べ、私の疑惑は確信になりました。
もし母が出ていったとしたら、靴が一足、足りなくてはなりません。
靴は、全部ありました。という事は、父がこの家の中で母を殺した事になります。
(何で?どうして?)父を問い詰めたい衝動にかられましたが、やめました。
母を亡くして、父まで警察に捕まってしまったら、私は一人ぼっちになります。
父は、母を愛していました。あんなに愛してくれていた父を裏切ったのなら殺されたとしても、母の自業自得のように思えたのです。
(気付かなかったふりをしていよう)そう決心しました。

しかし、奇妙な現象は続いていました。ある日、私が寝ていると、ピト・・ピト・・と誰かが家を歩き回る音で眼が覚めました。父の足音ではありません。
そして、ピト・・ピト・・という足音がだんだん近付いてくるのです。
「来ないでくれ、来ないでくれ」そう念じながら蒲団に潜っていると、その足音は私の部屋の中にまで入ってきました。生ぬるい呼吸が頬にあたりました。
薄目を開けると凄い形相の母が、私を覗き込んでいました。そして、耳元で「出・・・て行・・・け・・・」 そう言ったのです。

(こんな家にはいられない)
そう思った私ですが、引っ越そうにも理由を父に言うことが出来ずに悩んでいました。不思議な事ですが、霊を見るのは私だけで、父は何も感じていないようなのです。母が居なくなってからというもの、私の面倒を見る為に在宅の仕事に切り替え、家事をしてくれる父に「父さんが、殺したんでしょう?」とは聞けなかったのです。

そこで私は何を見ても見ないふりをして、日々を過ごしていました。
あるとき炬燵に入ると、「ガリッ」という音がして、足の小指に激痛が走りました。何事かと思って炬燵布団をめくると、そこに母が居ました。
炬燵の中で、母が、横になっていました。

台所で料理をしていた父が「どうした?」と声をかけてきましたが、私は「何でもない。宿題があったの思い出した」と言って誤魔化しました。
「もうすぐ出来るから、居間でやるといいよ」
そういう父の言葉に促され、鞄を開けました。
その時初めて、鞄の底に四つ折になった便箋が入っている事に気付いたのです。
そこには、母の字でこう書かれていたのです。
「真美、逃げて、父さんは狂ってる」

いままで母は、私を逃がそうとしていたのでした。

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