私が小さい頃の話です。
ある晴れた日。
じいさまは私を連れて、裏山へ山菜取りに行きました。
鋪装された道が終わり、もう少し奥へ入ったところに、ひょろっとした杉の木が道の脇に生えています。
じいさまは、その杉の木の根元に、コップに入った酒を置きました。
その杉の木も、ちょうどいい具合に根元がコップが置けるよう窪んでいました。
そして、酒を置いて、じいさまは私にこう言いました。
「山では喋ってはいけない。喋るとバケモノがきて、お前を喰ってしまうぞ」
じいさまが恐い顔で言うので、私は言う事を聞いて、黙々と山菜取りをしていました。
しかし子供のこと、時間が経つにつれ、山菜とりに飽きてきた私は、小川のようなところでイモリを見つけました。
そして、すっかり戒めのことを忘れていたのです。
「じいちゃん。こんなところにイモリがいる」
私がそう言った瞬間、まるで、時間が止まったかのようでした。
辺に音が全く無くなってしまったのです。
風の音、鳥の声、何も聞こえません。
私は訳も分からず、立ちつくしていました。
一拍おいて、何が起こったのか察したじいさまは、物凄い勢いで私を小脇に抱えると、ふもとを目指して走り出しました。
走り出して間もなく音が戻ってきました。
戻ってきたと言うよりも、追ってきた、と言ったほうが正しいかも知れません。
ザワザワザワザワザワザワ。
薮を渡る風の音を何十倍にも大きくしたような音でした。
それが、どんどん近付いてくるのです。
音の正体が知りたかった私は、じいさまの腕にしがみつき、無理矢理首をねじって後ろを振り返りました。
最初、道が消えているように見えました。
薮が押し寄せてきている?
違うのです。
薮のように見える、「なにか大きなけむくじゃらのもの」が、押し寄せているのです。
私は無闇に恐くなり泣き出してしまいました。
じいさまは何も言わず走り続けます。
ザワザワザワザワザワザワ。
私達が、その何ものかに追い付かれようという時、急に視界が開け、青空が見えました。
私の記憶は、そこで終わっています。
気がつくと私は家にいました。
じいさまもいましたが、私はなんとなくその事を口にしてはいけないような気がして、二十数年経ってしまいました。
しかし、「ヨウコウ」と違い、うちのじいさまは、それから間もなく死ぬなどということもなく、そんな事があったにも拘らず、また、山へ入り山菜取りをしていました(勿論、コップ酒を持って)。
この日を境に、何故か私は「毛虫」が異常に嫌いになり、山へ入る事をしなくなりました。
山にまつわる怖い話6