田所君2

その後ホラーブームがぶり返すこともなく、俺たちは6年生になった。

ブームは収束したが全く怪談話をしなくなったわけではなく、俺のクラスは時折田所君の怪談を楽しんでいた。
田所君の怪談を聞きに、他のクラスからもたまにやってきていた。
大きな問題もなく、せいぜい放課後に教室を占拠するくらいで先生たちも大目に見てくれていた。

そして小学生最後の夏休み明け。
田所君は夏休みの終盤に体調を崩していたらしく、2学期が始まって1週間ぐらい休んでいた。
「一人だけ夏休み延長してんじゃねーよ!」とみんなに言われ、弱々しく笑っていたのを覚えている。

ともあれ、1週間お預けを食らっていた俺たちは、今日の放課後楽しみにしてるぜ、と口々に言った。
いつものように放課後の教室に集まった俺たちは、夏休みの思い出を交えながら田所君の怪談を聞いた。
その時の田所君の話は「蓋の話」。その内容は、以下のとおりだ。

「ある小学生が、夏休みを利用して一人でおじいちゃんと おばあちゃんが住んでいる田舎に遊びにいった。田舎といっても寒村というわけではなく、それなりに栄えている町だ。小学生は、自由研究で神社やお寺を調べるつもりだったので、その町の神社などを回っていた」

「町外れの小山の上に建っている神社に行ったとき、小学生はその裏手に何か妙なものがあるのを発見した。木でできた蓋だった。直径150センチくらいの円盤で、汚れ具合から見てずいぶん古いものだった。 手にとって見てみると意外なほど重く、かなりしっかりしたものだった。 厚さは10センチ近くあり、木の板を何枚も重ねて作ったもののようだった。表は木目が分かるほどだったが、裏は何故か真っ黒に爛れていた」

「小学生は、蓋があるならこの蓋をしていた穴か何かがあるのでは、と思い、周辺を散策した。しかし何も見つからず、諦めて帰ろうとしたときにふと思い立って神社の社の中を覗いてみた」

「その発想は正解だったようで、社の中には同じような蓋が置いてあった。祭壇の上に飾られており、周囲を幾重にも注連縄が張られていた。何に蓋をしているのかどうしても気になった小学生は社の中に入り、祭られている蓋に近づいた」

「しかし不思議なことに、蓋は祭壇に立てかけられているだけで『何かに蓋をしている』わけではなかった。余計に好奇心をくすぐられた小学生は注連縄をくぐり、蓋の裏手に回った。すると、薄暗い中分かりにくかったが、蓋とほぼ同じ大きさの金属の円盤が貼り付けられているのが分かった。この金属板もまたずいぶんと古いもののようで、酸化して真っ黒だった。銅か青銅のようだった」

「小学生は、その金属板が何なのかとても気になったので、蓋をはずそうと試みた。しかし、蓋と金属板はぴったり張り付いているようでびくともしない。諦めた小学生は、せめて記録に取っておこうと思い、金属板の裏側を写真に撮り、持ってきていたスケッチブックに写生した」

「その後、田舎から帰ってきて写真を現像に出したのだが、肝心の金属板の写真がない。どういうことか現像屋に問い詰めると、真っ黒の写真が何枚かあったそうだ。撮影の順番からソレが金属板を写したものだと分かった。小学生は無理に頼み込み、その真っ黒の写真も現像してもらった」

「それから、小学生は夢に悩まされるようになった。夢の中で彼は同じように金属板と蓋をはがそうとするのだが、どうしても開かない。爪が剥がれるのも構わずに躍起になるが、結局何もできずに夢から覚める。日を追うごとに小学生は、あの金属板が何なのか気になって気になって仕方なくなっていった」

「その日も同じように蓋と格闘する夢を見るが、いつもと異なっていた。蓋が、少しだけずれたのだ。小学生は歓喜した。遂にこれが何か分かるときが来た、そう思っていっそう力を入れるが、その日はそれ以上動かなかった」

「ところが、その日から夢を見るたびに少しずつ蓋が開いていった。小学生ははやる気持ちを隠そうとせずに、毎晩毎晩蓋と格闘した。夢から覚めても考えるのは蓋のことばかりで、夏休みの宿題も自由研究も放り出していた。起きているあいだすることは、真っ黒の写真を眺めるか、金属板の絵をひたすらスケッチすることだった」

「そして遂に、蓋がされていた金属板の表側が現れた。 小学生は狂喜して思いっきり蓋を引いた。するとどうだろう、あれほどびくともしなかった蓋が、いとも簡単に外れた。小学生は、金属板の表側の全貌を見た」

「それは、ただただ真っ黒の金属板だった。だが、まるで吸い込まれそうな黒だ。小学生は、金属の表面に触れようとして手を伸ばした。その時、彼の耳に何かが聞こえてきた。それはとても小さな声で、ひたすら何かを呟いていた。どうやら金属板から聞こえてくるようで、小学生はなんといっているのか確かめようと耳をつけた」

「アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ アケロアケロアケロ」

「ひたすら『アケロ』と呟く声が聞こえた。びっくりして離れようとしたが、耳が離れない。それどころか、さっきまで耳が感じていた金属の冷たさがいつの間にか消えていた。次の瞬間、真っ黒の表面から赤黒く爛れた2本の腕が出てきて、彼の頭をわしづかみにした。抵抗する暇もなく、小学生は真っ黒の金属板の中に引きずり込まれた。そして、そこで夢から覚めた」

「夢から覚めた小学生には、もはや恐怖心などかけらもなかった。ただただ、夢だけでなく現実の金属板も確認したい、その一心だった。彼は既に、あの金属板に取り憑かれていた。小学生には確信があった。あの時はびくともしなかったが、今なら開けられる。夢であけた自分だからこそ開けられる、そう信じて疑わなかった」

「もはや夢など待たずともよい、すでに金属板以外のことなど考えられなくなっていた小学生は、親に黙って再び神社に向かった。そして、小学生はそのまま行方不明になった。夢と同じように、金属板の中に引きずり込まれたのか、あるいは別のことが起きたのか、それは定かではない。結局あの金属板が何だったのか、それは誰も分からない。知っているのは、小学生と、蓋をした『誰か』だけだ」

田所君の話の面白いところは、創作にもかかわらず話のラストで全てが明らかになるわけではない、というところだ。
この「蓋の話」にしても、結局その金属板が何なのか分からずじまい。

話が終わり、ひとしきりブルッた後、俺たちは話の続きというかあの金属板が何だったら面白いか、という話題で盛り上がった。
ありきたりだが、あの世に繋がっている鏡、というのが多数だった。

あの世じゃなくて地獄だ、いや精神世界だ、鏡じゃなくて時空のゆがみだ、といろいろな想像を話して楽しんだ。
だが、何故か分からないがみんなその話に小さな違和感を感じていた。

そしてその後、田所君が伝説となった出来事が起こる。

田所君は翌日、学校を休んだ。
そもそも体調不良で1週間休んでいたこともあり、また具合が悪くなったんだろうか、と誰もがそう考えていた。

しかし、田所君はその翌日もそのまた翌日も学校を休んだ。
そんなに悪かったのか、と不安になった俺たちは、先生の元にいきお見舞いに行きたいです、と言った。

ところが、先生は首を横に振った。
先生いわく
「田所君のところは今大変だから、見舞いには行くな」

俺たちは驚いた。
大変て、もしかしてかなりやばい病気とか?
ひょっとして、あの日無理してたのか?
など、さまざまな憶測が飛んだ。
そして田所君が休んで約2週間、先生の口から事実が語られた。

田所君はあの日、「蓋の話」をした日から行方不明になっていた。

先生も、田所君の親があまり話そうとしないので詳しい話を知っているわけではなかったが、どうやら田所君は、「蓋の話」をした日家に帰らなかったようで、それ以来行方が分からなくなっているらしい。
既に警察も動いていて、誘拐もありえるとのこと。
彼の最後の目撃情報は、「蓋の話」をした夕方、最寄の駅で見かけたというものだ。

いったい田所君はどこに行ってしまったのか。
駅以降の田所君の足取りをつかめないまま1月が経ち、警察も継続捜査という形で対策本部を解散した。
田所君の家族もそれを了承したらしい。

だが、俺たちは田所君の居場所を知っていた。
あまりにもばかばかしくて、でもそれ以外ありえないと思っていた。
それに気付いたのは、先生から田所君が行方不明になったと聞かされた日の放課後だった。

その日から公開捜査に切り替わり、誘拐の線もあるから、ということで午後の授業は中止。帰りはもちろん集団下校。
一度家に帰り、その後近場の公園にみんなで集まった。

「行方不明」というあまりに日常からかけ離れた事態にどうしていいかわからず、その日はみんな静かだった。
ぽつぽつと彼の話をしているうちに、その場にいたみんなが同時にあることに気付いた。

田所君は「蓋の話」をしたとき、言うべき言葉を言わなかった。
あの時感じた小さな違和感の正体。それは、彼の話に
「これは僕が考えた話なんだけど」
という言葉が抜け落ちていたことから来るものだった。
それに気付いた瞬間、全員が「ああ、そういうことだったのか」と奇妙に納得した。

あの話は、実話だったのだ。
話の中に出てきた「小学生」とは、田所君自身だったのだ。
彼は、彼の話してくれた内容に違わず行方不明となったのだ。
怪談先生グレートは、文字通り自ら「怪談」になった。
そう考えると、不思議と悲しくはなかった。

やっぱりあいつ、グレートだな。誰かがポツリといった。
みんなの心のうちを代弁する言葉だった。
田所君の最後の怪談は、彼自身の話。
そして彼は伝説となった。

これが、田所君の話した「創作ではない話」の二つ目だ。

あれから20年が経ったが、田所君は今でも見つかっていない。
田所君の親もすぐに引っ越してしまい、祖父母の田舎はどこなのか、とか写真やスケッチの話を聞くことはできなかった。

今から考えればずいぶんとムチャクチャな結論なのだが、俺たちの中では彼に敬意を払う意味も込めて
彼の行方不明の原因は「金属板」だとしている。
当時のクラスメイトで同窓会をするときは「自ら怪談となったグレートに乾杯」が決まり文句だ。

以上が、田所君にまつわる話だ。
思った以上に長文になってしまい申し訳ない。

田所君1

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