私はドコモ関連の設備管理の仕事をしている者ですが、昨年の年末にちょっと信じられない体験をしました。
これまで幽霊とか妖怪とかそういうものは信じていませんでしたし、そういった現象に出くわしたこともなかったのですが、今回の出来事は、自分のそういう認識をひっくり返してしまうようなものでした。
未だに、あれが現実の出来事だったのか、自分の幻覚だったのか、確信は持てないのですが・・・・
去年の12月27日、私と上司2人は山頂にあるアンテナ鉄塔の点検に出かけました。
山道を車で登っていったのですが、途中で雪が深くなってきて、その時はスタッドレスタイヤを履いていなかったのでそれ以上進めなくなり、しかたなく神社の前に車を置いて1キロくらい歩く事になりました。
雪は表面が凍っていて、踏むとザクザクと音がします。
不思議と木には雪が積もっていなかったので、上司(Kさん)に聞くと「木の枝に積もった雪は、すぐに下へ落ちるからな」と答えました。
そうやって周りの景色を見たり雪に足を取られたりしたので、鉄塔に近づくまでに30分以上も掛かってしまいました。
鉄塔が間近に見えて、車道から林の中の道に入ったあたりで、Kさんが上を見上げながら言いました。
「木の枝に何か引っかかっているぞ」
私ともう一人の上司(Tさん)が上を見ると、木の枝に地面から5メートルくらいの枝に細くて白い布みたいなものが絡んで風になびいていました。
更に行くと、鉄塔の回りに張ってあるフェンスやゲートの鉄格子にも同じものが絡みついているのが見えてきました。
近づいてよく見てみると、それは布ではなくて紙でした。
黒で何か書かれた紙を細く裂いたような感じでまだらになっています。
「山仕事に入っている人のイタズラかな?」「気持ち悪いなぁ」などと言い合いながらゲートの鍵を開けて中に入りました。
続いて、鉄塔のドアに鍵を突っ込んで回して開けようとしたのですが開きません。
おかしいな~と思って反対に鍵を回したら、今度はすんなりと開きました。
「ここ鍵が開いてたみたいですよ」と私が言うと、Kさんに「そんなはずはない。前に来た時にちゃんと鍵を閉めたはずだ」と言い返されました。
中へ入るとちょっと変な臭いがしました。
それは他の2人も気が付いたみたいで「なんだか臭いな」とか言っています。
電源や通信のパネルを点検していると、奥の方でTさんが「んんん?!」と声を上げました。
近づいてみると、階段の下あたりに動物の毛がバサッと落ちていました。
「これ鹿じゃないかな?」それを見たKさんが言いました。
毛を足でどけてみると、その下に血痕がいくつかありました。
「ここで食われたのかな?」とTさん。
それにしては骨も残っていないし、血も少ない気がしました。
それに入口のドアは閉まっていたので、鍵が開いていたとしても動物が入れたとは思えません。
おかしいなぁとは思いながらも、原因が分からないので、とりあえず毛を集めて外に捨てました。
血痕は、外から雪を持ってきてこすったら少し薄くなったので、そのまま放っておくことにしました。
寒いし気味が悪いしで、早く点検を終わらせて帰りたい一心で私はチェックリストを埋めていきました。
「ホゥゥゥゥ」遠くの方でそんな感じの声が聞こえました。
アンテナの方に行っていたKさんの声かと思って「Kさーん!」と叫ぶと、「何だー!」と別の方向から声が返ってきました。
あれ?と思ったのですが、その時はTさんが外で仕事していて声を出したのだろうと思って気にしませんでした。
ようやく点検を終えてドアの外に出ると、自分一人でした。
Tさんを捜して周りをグルリと回ったのですが、見当たりません。
何となく中に入るのが嫌で外で待っていると、すぐにKさんとTさんが一緒に出てきました。
「Tさん、さっき外で呼んでませんでしたか?」
「いやぁ呼んでないよ。俺とKさんで上のボルトの点検してたから」
「おかしいなー。さっき『ホゥ』って誰かが叫んだのが聞こえたんですけどねえ」
「それ俺らも聞いて、てっきりお前だと思ったんだけど…」
「違いますよ」
「いや、お前が俺を呼んだ声が意外に近かったから、おかしいなぁとは思ったんだけどな」
そんな事を言い合いながら、今度はドアに鍵を掛けたのを3人で確認してフェンスの外に出ました。細長い紙切れは気持ちが悪かったので、あまり触らずに放っておきました。
日が暮れて暗くなりかけていたので、急いで車の所へ戻ろうと歩き始めました。
KさんとTさんの後ろを私が少し離れてついて行く形で、下り坂は滑るので足元を見ながらうつむいて歩きました。
辺りの林はとても静かで、ザクザクと雪を踏みしめる音だけが聞こえてきます。
灰色っぽい雲の隙間から遠くの夕焼けが見えていました。
私は、さっきの事を考えながらボンヤリと足元を見つめるうちに、ちょっと奇妙な事に気が付きました。
私達は上りも下りも道の左側を歩いていて、つまり上りと下りとは反対の側に足跡が付いていました。
私の目の前にはTさんとKさんの長靴の跡が並んでいたのですが、その間にもう一つ、小さめの足跡がありました。
最初は自分が上った時の足跡かな? と思いましたが、それは道の反対側にあるはずです。
上りの時には真っ新な雪面だったのが強い印象として残っているので、私達が上る以前に誰かが歩いた跡とは思えません。
となると、これは自分達が上った後に付いた足跡だという事になります。
良く見てみると、その足跡は下を向いていました。
だから、これは誰かが自分達よりも先に下った時の足跡なのだと、その時はそう思いました。
でも、その誰かは、いつ、どこから山に上ったのでしょう?
それよりももっと気になる事がありました。
その足跡はどう見ても裸足だったのです。
雪の上を裸足で歩く人間は多分まともではありません。
私は前の二人に声を掛けるために視線を上げようとしました。
その時、視界の上の方、つまり、自分の足元のすぐ前の方に裸足の足が見えました。
うわッ!と思って思わず足を止めました。
すると視界から足が消えたので、恐る恐る視線を上げて前を見ました。
少し離れた所にKさんとTさんが並んで歩いている他に人影は見えません。
周囲を見渡しても動くものなど何もありませんでした。
不思議に思いましたが、どうしようもないので再び足元を見ながら歩き始めました。
しばらくすると、また前の方に足が見えました。
驚いて足を止めるとスッと視界から消えます。が、歩き出すとすぐに見え始めるのです。
小さくて白い裸足が1.5mくらい前を自分と同じ速さで歩いているようです。
ちょうどかかとの辺りに白っぽい布が掛かっているのが見えました。
もう怖くなって前を見ることができませんでした。
ひたすら足元を見ながら道を下って行きます。
耳を澄ますと、前の方からKさんとTさんが低い声で話すのが聞こえてきました。
それにザクザクという足音が被さっているのですが、それが3人なのか4人なのかは分かりません。
何となく、目の前の足は音を立てていないように思えました。
やがて、先を行く2人の足音が途絶えました。
と同時に、視界から裸足の足がスッと消えました。
怯えながら目を上げると、いつの間にか車の所まで来ていました。
私は心底ホッとしてすぐに車の方に駆け寄りました。
すると、KさんとTさんが「これから神社に詣ろう」と言い出したのです。
もう暗くなりかけているし、こんな所で時間を潰していたら、路面が凍結して帰れなくなってしまいます。
そんな事は分かっているはずなのに2人は「ここまで来て神社へ行っておかないとダメだ」「すぐに済むからお前も行こう」などと言うのです。
入口から見ると、鳥居の奥は木が鬱蒼と茂っていて、どこに何があるのか全然分かりません。
こんな所へ入って行くのは絶対に嫌だったのですが、だからと言ってここに一人で置いていかれるのも怖かったので、必死の思いで2人を説得して、どうにか車に乗せることができました。
急いで車をスタートさせたのですが、雪道なのでスピードを出すと滑ります。
なんどか危ない場面があったのですが、2人共声を上げるでもなく黙ってシートに座っていました。
バックミラーで見ると首がグラグラ揺れていて、まるで寝ているようでしたが、目は開いていてジッと前を見ていました。
と、ここで来て変な事に気が付きました。
2人とも後部座席に座っているのです。
いつもは必ずTさんが助手席に座るはずなのに・・・そう思い始めると、もう助手席の方を見ることが出来なくなりました。
極力前だけを見て運転するうちにようやく麓まで下ってきました。
すると、今度はKさんとTさんが2人揃って「ここで下ろしてくれ」と言い出しました。
「近くに知り合いがいるから会いに行く」と言ってききません。
「じゃあ、その家まで送りますよ」と私が言うと「お前はここで帰れ」と言い張ります。
「ここから先は道がややこしいし、帰りにお前が迷ってしまうかもしれない」「早く会社に戻って、先に帰ったと言っておいてくれ」と。
正直自分も早く帰りたかったので、最寄りの店の前で2人を降ろしました。
車から降りる際に、Tさんが何気ない様子で助手席のドアを開けてすぐに閉めたのを見た時、全身にゾワッと寒気がきて、すぐに車を飛ばして会社に戻りました。
翌日、KさんとTさんは2人とも休みでした。
年末年始の交代勤務があるので、この時期に休むのはおかしくないのですが、私は昨日の事があったので凄く気になりました。
携帯に電話すると、Tさんには繋がりませんでしたがKさんは「休みの日にまで電話するなよ」と笑っていたので、その時は少しホッとしました。
しかし、結局2人とも正月の交代勤務には出てきませんでした。
その後、年明け早々にTさんは会社を辞めました。
理由は聞いていませんが、辞表が郵送されてきたそうです。
Kさんには誰も連絡が取れないそうで、あれ以来、携帯に電話しても通じません。
山を下りた時に無理にでも連れて帰れば良かったと後悔しています。
山にまつわる怖い話17