今は昔。
頃は夏。遠縁の田舎へ連れて行ってもらった時の話。
俺が黄色(小坊)2年、弟が幼稚園の時。
場所は岐阜県。他県と接する山間の村で、今回はちょっと差し障りがあるからそこまでしか言えない。ごめん。
俺たちは山の中腹にある神社の境内でセミ採りをしていた。近所の子供たちは勝手知ったる場所だから、ずっと奥のへ散らばっている。
いくら夏でも、日暮は何となくわかる。もうじき誰かが「帰ろうぜー」と言い、二言三言、言葉を交して家路を辿らねばならない。まだ1匹も採れていない弟は、網を握りしめ、セミの声のする辺りを一生懸命睨んでいる。俺に任せればすぐ2・3匹は採れるのに、どうしても自分で採りたいらしかった。
俺たちの背後から、誰かの足音がした。
隼人か圭一だろうと思ってふり向いた俺は驚いた。
茶色いオヤジゾウリにグレーのズボン、青っぽいジャンパーを腕まくりしている、短いごま塩頭の男がそこに立っていたのだが、そいつの目玉がたった1個。
普通2個並んで存在しているはずの場所に、10センチくらいのアーモンド型の目玉、そいつがたった1個しかなかったのだ。
人見知りの激しい弟は、“知らない、変な大人”の出現に怯え、俺の背中に隠れるようにしっかりしがみついている。
しかし、不思議と怖さは感じず、それより、なんだか懐かしい、昔引越していった近所の人に再会したような気持ちだった
そして、驚いたのは俺たちだけではなかった。
「おっ?」
この単眼オヤジも俺たちを見て、何か思いがけないモノを見たような顔をしたのだ。
何でコイツが驚くのか?訳がわからず混乱する俺たちに、単眼オヤジは優しく言った。
「一緒に帰るか?」
?????帰る???どこへ?????
錯乱する俺に代って即答したのは弟だった。
「イヤだ。まだ遊ぶ」
目の前の怖さより、セミへの執着の方が勝ったらしい。
単眼オヤジはあっさり「そうか」と頷き、神社に向って歩きかけたがふり返り、
「早く帰らないと、ヒトに捕られるぞ。気を付けな」
さも心配げにそう言って神社の裏へ姿を消した…
俺たち兄弟が単眼オヤジに会ったのは、後にも先にもこれっきりだ。
あの時、ヤツは一体どこへ俺たちを連れて帰ってくれようとしたのか。
弟と時折その話をするが、いくら考えてもわからない。
そして一番わからないのが、単眼オヤジは俺たちの事を何だと思って声をかけたのか。
今、もし単眼オヤジに会えるなら、あの時の事を酒でも飲みながらじっくり話を聴いてみたい。
そんな事を考えている。
山にまつわる怖い話20