肥溜めで蠢くもの

小学生の低学年の頃、夏休みのたびに父の実家のある信州の村へ行っていた。
山に挟まれたわずかな土地に、田んぼや畑が広がるその村では家もまばらで、虫やザリガニを捕ったりして遊んでいた。

ある日、隣(といってもだいぶん離れた)家の少し年上の女の子が一緒に遊んでくれて、小さな山のふもとにある神社でかくれんぼなんかをしているうちに夕方になり、また遊ぼうねと約束をして女の子と別れて家に帰ろうと農道を歩いていたときのこと。

道の両側に広がる畑に比べて、かろうじて舗装されたその農道は1mぐらい高くなっており、その脇に肥だめがあった。
つまり、(人間のだか動物のだかは知らないが)肥やしにするための糞尿をためてある場所だ。
当然ひどく臭うので、私は道路の反対側を息を止めて歩いていたが、ふと何か肥だめの上で動くものが見えた。

日が落ちて少したっていたので、空は多少の明るさを残すものの、もうずいぶん薄暗くなっていて、何が動いているのかはよく見えないが、何か「ミチャッ、ミチャッ」というような音を立てながら、ある程度大きさのある黒っぽい何かが肥やしの中から這い出そうとしているように見えた。

立ち止まってそれを見ていたら突然、祖父が大声で私の名前を呼びながら走ってきて、私を抱えて家までダッシュしはじめた。
私は何がなんだか分からず、しかし祖父の鬼気迫る真剣な表情に、ものすごく恐怖を感じて、泣きながら家まで運ばれていった。

家に着いた祖父は、蔵を整理していた両親に何か話をし、なにやら電話をかけてから、急いでまた出て行った。
その晩は、両親は私と一緒に2階のいつも寝ているのとは別の部屋に閉じこもり、何か沈んだ表情の祖母が運んできた夕食をとって、風呂にも入らずに寝た。
祖父と同じように両親の表情も張り詰めていて、何があったのかを聞いても全く教えてくれなかった。

翌朝、祖父が死んだことを聞いた。
私を可愛がってくれた優しい祖父の突然の死に、大声で泣いたことを憶えている。

祖父の通夜などで村は騒々しかったが、村の外からも何人かの人が来ていて、やはり真剣そのものの表情で忙しく動き回っていたように思う。

祖父のお葬式が終わってもまだ、人々は何かせっぱつまった表情で動き回っていたが、私は両親とともにその日のうちに東京へ帰ったので、その後何があったのか全く分からない。

今に至っても、両親は私に、その村へ行ってはならないということ以外、 何も語らない。肥だめから出てきたものは何なのか、興味はあるが、現地に行って確かめる勇気もない私は、ネットなどでいろいろ調べてみるぐらいしかできない。
そして、今のところ収穫は全くない。

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