もう一人の女

私が勤めている会社の近所でのこと。

残業だったので、時間は夜7時過ぎだったと思う。
デスクで仕事をしていたら、会社前の通りがなんだか騒がしくなった。
女の人のキーキーした声と、笑い声と、男の人の怒声だった。

痴情のもつれか何かかな?と思って、ブラインドを上げて下を見たら(オフィスは2階)
長い髪の毛をポニーテールにしたおばさんが、男2人に組み付かれていて、ちょうど道路に押し倒されたところだった。

ビックリして、とりあえず窓を開けて顔を出したら、男の人たちは「警察!警察呼べ!!」「放火魔だ!はやく警察呼んで!」 おばさんは「ぎひぃーっ、だめなんだぁ~!はーーなーーーせえーーーー」などと叫んでいた。

そのおばさんの金切り声が、喉が破れちゃうんじゃないかと思うぐらい大きくて…
しかも何度も何度も同じ言葉を繰り返すもんだから、怖いし足震えるしとにかく叫びを止めて欲しくて泣きそうになってた。
でもオバサンは警察が来るとぱたっと黙って、大人しく捕まっていった。
ちなみに通報したのは、オフィスに居たうちの社長。

その長髪ポニーテールのおばさんは、近所では有名なその土地一体の地主の娘だった。
頭がおかしいらしい。
連続放火魔ということで捕まっていったけど、確かに会社近所の住宅地では度々不審火が出ていた。
ゴミとか犬小屋とか、ポストからはみ出たチラシなんかが燃やされてた。
それから空き地でのあからさまなゴミ焚き火になり、いよいよアパートの外壁を燃やそうとしたところを現行犯で捕まった。

私がオフィスから見た男の人は、近所の人で組織された自警団の男性たちだった。
後日その人たちが「ご協力ありがとうございました」とわざわざ会社に来てくれたのでそのとき少し話を聞かせてもらった。

自警団の人たちは最初、アパートの塀の中でゴソゴソする人影を見つけたんだって。
で、塀に空いている飾り穴から中を覗いたらオバサンが居てサラダオイルを手にとって、アパートの外壁にゴシゴシぬりつけてたらしい。
でも、その人たちが言うには、そこにはオバサンの他にもう1人居たんだって。
オバサンの脇で、にこにこ笑う女の人が。
で、その女の人がにこにこしながらオバサンに耳打ちするんだって。
するとオバサンも、同じようににこにこしながら「うんうん」って頷くんだって。

で、塀を回りこんで入り口からオバサンのところへ走って「なにしてるんだ!」って声をかけた時には、女の人は既にいなかったらしい。
脱兎のごとく逃げ出したオバサンを追いかける時、オバサンは
「私じゃない!私じゃない!私じゃない!私じゃない…」
「私じゃないいーっだめ!私を捕まえたらだめ!!」
なんて喚きながら走ってたらしい。

そういえば、確かに最初に私が聞きつけた騒ぎでは、「私じゃない!あの女だ!!」っていう女の声と「ぎゃはははは、あーっはっはっは」って笑ってる女の声と「うるさい!!」っていう男の声だった。
だから痴話げんかだと思ったんだよね。

でもおかしいよね。オバサン笑ってなかったし痴話げんかじゃないなら、てっきりギャラリーの誰かが笑ってたんだなと思ってたんだけど、その、オバサンの脇に居たっていう女の話を聞いたら、ゾッとした。
自警団の人には、その笑い声のことは言わないでおいた。

その事件の後、3週間か1ヶ月か経った頃にふとオフィスの外を見たら、なんとあのオバサンが通りを歩いてた。
オバサンはヒモにつながれてて、ヒモの先は警察官が持ってた。
警察官3人とオバサンで何かやってたから、現場検証ってやつだと思う。
でもそこにはオバサンだけで、もう1人の女なんて居なかった。
もう8年以上前、本当にあった話です。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?243

シェアする