奈落

実際に高校生の時に体験した出来事を話そうと思う。
この話を見て信じるか信じないかは人それぞれだと思う。
一つの言葉をとってみても捕らえ方が人それぞれだから。

体験したのはオレ自身だから、オレの中でそれが本当にあったということが一番重要だとおもう。
前置き長くてスマソ。下から本文で。

これはまだ、オレが高校1年生だった時の話。

中学生の頃に演劇部に興味があったんだけど、親父が厳しい人で中学校では演劇部に入る事は許されなかった。
だからオレは高校生になったら部活はオレの自由にしてくれるという条件で中学は陸上部に入っていたんだ。
やっと高校に入ることができ、自分のしたかったことができる喜びをオレは知った。

オレが入っていた演劇部は年に3回の公演があった。
1つ目は春に行われる先輩達の引退公演。
2つ目は秋に行われる地域公演。
3つ目は学校で行われる学園祭公演だ。

とても楽しい時間が続いた。やりたくないこととやりたいこととではこうも気持ちが違うものなのかと心底思った。

それは、2つ目の公演へ向けて準備が始まった時のことだった。

オレの部活では、年3回の公演の引退公演を除いた2公演で裏方と演じる側に別れるようにする。
これは全員が舞台にたてるようにという配慮からだ。
オレはこの2つ目の公演で演じる側を行うことになった。
初めて自分の台詞を与えられたオレは意気揚々と練習にいそしんだ。
学校にくる=部活をするため。

日にちもどんどんと進みいつものように練習にいそしんでいたある時、K先輩がオレに話しかけてきた。

「台詞はほとんど覚えられた?」
「はい、大体は。」
「そうかー。オレはまだ全然だよ(笑)頑張んないとなぁー・・・・」

あまり覚えるコトが得意ではないK先輩だったので、結構深刻そうな顔で台本を見つめていた。

「ところでさ、お前知ってるか?ここの話。」

唐突にK先輩は台本をみていた顔をあげた。

「ここの話?ってこの建物の話ですか?」
「そうそう。知ってる?」

オレ達がいつも演技の練習をしている場所は広い講堂のようなところでその中にある舞台を使わせてもらっていた。

「いえ、何も聞いてませんけど。何かあるんですか?」

すると、まるでいたずらっ子のような顔をしながらK先輩は答えた。

「でるんだよ、ここ。」
「でるって、このパターンだとアレですか。」
「そういうこと。詳しく話してやるよ。」

というとK先輩は話を続けた。

「この建物っていうか、うちの学校の敷地は戦争やってる時に軍の駐屯基地があったんだよ。で、近くにM市とかN市があるだろ?そこの空爆とかで亡くなった人の死体とかも置いてたのな。よくある話だけどさ。それでこの舞台の話しになるんだけど、奈落ってわかるか?」
「いえ。なんですかそれ?」

「奈落ってのは、舞台の下にある通路の事だよ。よく役者さんとかが右に消えて左からでてくる時あるだろ。あれは大体は舞台の下に通路があってそれ通ってるんだよ。その事を奈落って呼んでるんだ。で、その奈落が問題なんだよな。」
「話しの流れだとよくでるってことですか?」

「そういうこと!物分り早いねぇ~。T先輩とN先輩いるだろ?なんか戦争の劇をやろうとしてサイレンの音を鳴らしてたら、急に奈落から風が吹いて気分わるくなったんだってよ。お前今回の劇で奈落通ることになってるから気をつけろよな。」

そう言ってK先輩は笑っていた。

普段の練習で奈落をとおるコトはなかった。
だが、リハーサルの時は必ず通らなければならない。

そんな話しを聞いてオレは少し悩んでいた。決してビビッたわけではない。
オレは人よりは霊感を持っているほうだ。
初めて体験したのは6歳ぐらいの時だった。
お盆の時にトイレにいって出てくると右側にあった窓から何か人のようなものが覗いているのが見えた。
それ以降(今でも)お盆では寝る時に枕の近くに誰かいる気配を感じる。
それ以外の場所でも色々あったんだが、今はその話ではないので省略。

そのせいで、もしそこを通ったら何か起きてしまうんじゃないか。
そんな不安があった。
しかし、今通らなくてもいずれは必ず通らなければならない道である。
気にしなければ何事もなく通れる。そう自分にいい聞かせて遂に奈落をとおるリハーサルの日を迎えた。

劇は始まった。オレが奈落を通るのは劇の終盤。
いつもの練習どおりに話しは進行していく。
「じゃぁ、そろそろ行きます。」
舞台袖にいた人達にそう告げてからオレは奈落へと向かった。

舞台袖から階段を下りて奈落への扉がある部屋へと移動する。
もう片方の入り口にはないのだが、オレが入る側の入り口はまず物置のような部屋があってそこから扉をあけて進むのだ。
部屋に入ると衣装チェンジを行っているN先輩がいた。

「あとちょっとだから、頑張ろうね♪」
「はい」

そう答えてオレは奈落への扉に近づいた。
初めてみた奈落の扉はバイオハザードの警察署の扉みたいな雰囲気だった。
中の電気はなぜか点いていない。
接触不良なのか何なのか、点いてる時と点いてない時があるのだ。
その日は点いていなく、懐中電灯を片手に扉をあけた。

奈落の中は椅子がずらーっと並んでいた。
先でも述べたとおり、講演会などでも使用する場所だったのでそういうときのための補給の椅子が置いてあった。
5メートルも進まない時だった。突然後ろから

「ねぇ」

と女の人の声が聞こえた。オレはN先輩だと思い。

「はい、なんですか?」

と答えた。
・・・返事はない。
オレは後ろを振り返った。
入ってきた入り口の扉が開いている。そこから向こう側の部屋が見れた。
誰もいない部屋が。

オレはゾクッっとした。きっと自分の聞き間違いだろう。あんな話しを聞いてしまったから何かの音を聞き間違えたんだ。
そう言い聞かせて先へ進もうとした。

「ねぇ」

ハッキリと、女の人の声がオレの耳に届いた。錯覚ではなかった。
心臓の鼓動はかなり高まり、冷や汗がでているのがわかる。

「ねぇ」

その間も声はする。
オレは走って向こう側の入り口へと向かい、外へでた。

外にでたオレは先輩方にこっぴどく怒られた。
劇中に奈落を走ることにより、その音がうるさくて鑑賞者がいた場合気を散らせてしまうからだ。

「すみませんでした。」

一言謝った。だが、オレはそれどころではなかった。
今の声はいったいなんだったのだろうか・・・
その出来事を誰にもいわないままオレは家に帰った。

まだあの時の声が耳から離れない。
嫌なことは忘れて寝よう。そう思って布団の中にはいって寝た。

その夜オレは夢を見た。
一人で学校を歩き回り、最後にいつも練習している建物へと歩いていく。
階段をあがり奈落の前の扉に手をかける。

そこでオレは起きた。
それから7日間オレはその夢を毎日見続けた。
必ず同じ場所で目覚める。

いつのまにかオレは部活にでてあの場所にいくことを嫌がっていた。
練習の時も極力奈落への道には近づかないように。

しかし、本番の前日にリハーサルを行うことになった。
奈落を通らなければいけない日が、やってきた。

「どうしても通らないといけませんか?」

オレは先輩方に話した。
だが、オレ一人のわがままが通じるわけもなく結局通ることになった。
劇は始まる。
オレは時間がたつのが怖くなってきた。
あの日の出来事と、毎夜みる夢。
次にあの扉を開けてしまったら今度は・・・

気づくと劇も終盤だ。
ずっと俯いていたオレにK先輩が話しかけた。

「おい、そろそろ行かないとまずいぞ。」
「・・・はい」

オレは重い腰を上げて階段を下がっていった。
階段を下りたところでN先輩とすれちがった。

「顔色悪いけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
「ならいいけど、あとちょっとだからね」

そういうとN先輩は階段をあがっていく。
オレは最初の部屋の扉を開けた。

部屋にはいると奈落の扉がみえる。
早く行かないとオレの出番がきてしまう。
オレは意を決して扉に手をかけようとした。
その時だった。

カチャカチャ・・・

オレの握ろうとしたドアノブが回った。
誰もいないはずの奈落側から誰かがドアノブをひねっている。
オレはとっさに後ろに下がった。

するとドアノブはまるで手を離したように最初の位置へ回転して戻る。
オレは扉に釘付けになった。
誰かいるのか・・・?

「誰かいるんですか?」

震えるような声でオレは問いかけた。
返事はない。
嫌な静寂が続く。

「・・・ねぇ」

女の人の声が、扉の向こうから聞こえた。

オレは一瞬で血の気が引いた。
そしてその部屋からでようと最初はいったドアを開けようとした。
するとその扉の向こうから

「ねぇ」

声がした。
オレは部屋のほぼ真ん中まで下がった。
2つのドアから声がする。声が重なって大きな声で聞こえる。

ガチャ・・・・

オレは音がしたほうをみた。
奈落側のドアがゆっくりと開いているのが見える。
オレは動くこともできずに、ただそのドアをみることしかできなかった。

奈落とドアの隙間からスー・・・ッと細い腕がでてくる。
それはまるで、骨と皮だけのような腕。そして、その手はオレの方を指差した。

「ねぇー・・・」

響くような声が奈落から聞こえたのを最後にオレは気を失った。
次に気づいた時は病院のベットだった。
話しによると順番になっても出てこないのでN先輩が気にしてオレの様子を見に部屋にきたらしい。
そして倒れてるオレを発見した。
奈落に体半分だけ突っ込んで倒れていたらしい。

今考えると、「ねぇ」という問いかけにオレが最初答えてしまったからいけなかったのかと思う。
そして倒れていた時に体がすべて奈落に入っていたら・・・

その後オレは部活は続けたが、奈落を通るような役はやることはなく奈落にも近づこうとはしなかった。
そしてあの建物で後ろから離しかけられたら答えないと決めた。

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