見えた人と、見えなかった人

小学生の頃、近所で火事があった。
まだ朝薄暗いうちにけたたましいサイレンの音が鳴り響き、その音で目が覚めた。

パジャマのまま現場に駆けつけると、見知った顔の大人や子供が道路隔ててひしめいていた。
僕は同じクラスのKを見つけ、人込みをぬって近づいた。
木造二階建ての家屋は煙に包まれ、火柱も上がろうかという勢いだった。

先に着いていたKに詳しい状況を聞こうとしたが、お互いその様相に唖然として言葉もなかった。
すると突然背後にいたおばさんが騒ぎ始めた。

道路に面した二階の窓に誰かいると言っていた。
消防車は隣家への延焼を防ごうとして、放水はもっぱら家屋の側面に集中していたように思う。

ああ、早く助けてあげて、と指差して声を上げるので、周囲の人たちも一斉に注目するのだが、窓からは黒煙が噴出し、一向に人の姿は見えない。
誰もいないぞ、そんな声も漏れる中、少し離れた場所でも同じようにざわついている集団があった。
やっぱりおばさんみたいな人が窓を指して、誰かいると叫んでいた。

僕は思わずKに何か見えるか聞いてみた。
するとKは唇を紫色にしてガタガタと震えている。
どうしたんだよ、僕がさらに訊ねると、Kは怯えたようにその場から走り去った。
朝学校に着くと、クラスは火事の話で持ちきりだった。
僕は一緒に目撃したKを探した。
やっぱり死傷者が出たかどうかが話題の中心だったからだ。

Kはその日学校を休んでいた。
何でも熱を出して寝込んでいるらしい。
放課後、僕は給食のパンやプリントを持ってKの家を訪ねた。
Kの母親が出てきて、まだ具合が悪く寝ているとのこと。

仕方なく家に帰って、家族から火事のその後の話を聞くと、やはり死者が出たらしかった。
二階で寝ていた家の主が、逃げ遅れて亡くなったそうだ。
助けを求める姿を目撃した人もいるとのこと。

僕には見えなかった。
どうやらその姿が見えた人と、見えなかった人がいるらしかった。
Kは見えていたのか、僕はとても知りたかった。
いったい何が見えていたのか。

二日後Kは登校した。
休み時間になって、僕は待ちきれずにKに近づいた。
Kは話すのを嫌がっているようだったが、僕は無理強いした。
もう思い出したくない、とか、夜一人で寝られない、トイレも行けないなどと泣き言を並べたが、僕が誰かに話せば怖くなくなると説得するとKはようやく話した。

「最初おじさんが窓の方に逃げてきたんだよ」
「窓を開けようとしたら、急に真っ白い手がにゅっと伸びておじさんを煙の中に引きずり込んだんだ」
「それから、変なおばさんが窓辺に立って、火事を見物してる人たちを見回し始めたんだ」「しばらく眺めてけど、僕と目が合った」
「すると、いきなり睨みつけたんだ」

Kはしゃべりながらがたがた震え始めた。
「わかった。もういいよ。このことは内緒にしよう」
僕はそれ以上聞いてられなかった。
一緒になって震えていたからだった。

ほんのりと怖い話8

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