拾ったメモリーカード

去年の4月、学生時代の友人が私のところへ遊びに来ることになりました。
彼は東京に就職して現在も独身、私は前年に結婚して夫婦で京都のマンションに住んでいました。
その日はたまたま家に私だけしかおらず、彼はうちを宿にするつもりでした。

待ち合わせ場所に彼が来ました。
コーヒーを飲みながら近況を話すうちに、ふと学生時代のことに話が及びました。
数年前まで京都の大学へ通っていた私たちでしたが、学生の間、彼は御所へ一度も行ったことが無かったそうです。
御所は待ち合わせ場所から近かったので、それなら一度散歩でもしよう、という話になりました。

ちょうど桜の時期でもあり、御所の中は人でいっぱいでした。
私たちは砂利道の中をそぞろに歩きながら、とりとめのない話をしていました。
彼がバッグから何かを取りだそうとした時、私はその足下にメモリーカードのようなものが落ちているのに気がつきました。

拾い上げると、それは256MBのSDカードでした。
もちろん私のものではないし、彼が落としたものでもないということでした。

御所の警備員に会ったら預けよう、と彼が提案したので私はそれに同意し、カードを彼に預けました。

ところがしばらく歩いているうちに、私たちはうっかりそのカードのことを忘れてしまっていました。
カードを持って来てしまったことに私が気がついたのは、御所の後に街へ出て、その後に母校の大学へ立ち寄り、夕方にマンションへ帰ってきてからでした。
彼もすっかり忘れていたようで、結局、明日届けよう、ということになりました。

二人で夕食を済ませてからしばらくして、私は彼に、メモリーカードのデータを見てみようか、と言ってみました。
彼は最初こそ、やめとこう、と拒んでいたものの、わたしが執拗に誘ったこともあって、渋々承知しました。

偶然(?私はカメラやパソコンについてはあまり詳しくないのでわかりません)
彼のデジカメにカードが入ったようでした。
デジカメの画面には最初、「プレビューできません」といった意味の文字が浮かんでいました。
彼は、ファイルの種類が…、とか何とか言っていましたが、私が何度かボタンを押すうちにパッと画面が明るくなり、1枚の写真が表示されました。

両脇を水田(麦畑?)に挟まれた細い田舎道を、こちらに背を向けた少女と少年とが向こうへと歩いてく写真でした。
日が沈む頃だろうと思います。全体的に青く暗い写真でした。

ボタンを押して次の写真を表示した時、私は驚いた声を吸い込みました。

場所や時刻は先ほどと同じ。
ただ違うのは少年少女の位置でした。
少女は先ほどの写真より10歩ほど前を歩き、やはりこちらに背を向けています。
ところが少年は先ほどよりも随分と手前、カメラに近いので腰より上しか画面に入っていません。
そして彼はその上体を不自然にひねり、まるで腰と肩を持って誰かがねじったように、肩と顔だけは私たちの方を向いているのです。

そして私が息をのんだのは、その顔です。
苦痛にゆがんでいるのか、笑いをこらえているのか解らないようなその真っ白な表情は、普通の顔のサイズの2倍ほどもあるのでした。
身体とのバランスも明らかにおかしく、顔の幅が肩幅と同じくらい。
その不気味な写真から私は思わず顔を背けました。

写真はその2枚だけでした。

自分たちのしたこと(人の写真を見てしまったこと)と、その写真の異様さとに、私は少し落ち込んでいました。彼も少し青い顔をしているようでした。
その後、私たちは後味の悪さを振り払うように、それぞれシャワーを浴びて少しお酒を飲み、次の日の予定などを話しながら、1時頃に別々の部屋で床に就きました。

日中歩いたためか、寝つきはよかったように思います。
ただ、お酒のせいで眠りが浅かったのか、夜中にふと目が覚めてしまいました。
今度は目が冴えて、なかなか眠れません。
どこかから物音が聞こえるような気もしてきます。
そのうち、思い出したくもないのに昼間の写真が脳裏に浮かんできます。

なるべく他のことを考えようとしましたが、そうするとかえってあの大きな白い顔が迫って来ます。
緊張して、冷や汗が出ました。
部屋に誰かがいるような気さえします。
すると急に喉が渇いてきて、もう眠るどころではなくなってきました。

わたしは思い切って目を開け、リビングに行って水を飲むことに決めました。
自分の部屋を出ると、廊下の先のリビングのドアが開いているのに気がつきました。
一瞬私の足は凍りつきましたが、きっと彼が夜中に起きてきて、私と同じように水か何かを飲んだのだろうと考えました。
そう考える方が自然だとも思いました。

ゆっくりと廊下を進み、リビングをのぞくと、暗闇の中に彼の背中が見えました。
床にしゃがみ込んで携帯を見ているようで、その明かりがぼんやりと彼の姿を浮かび上がらせていました。

私は安心しました。声をかけようと思いました。
ですが、彼はまだこちらに気がついていないらしく、いま声をかけると驚かせるだろうとも思いました。
数秒だったと思います。どうしようか迷いながら彼を見ていました。

すぐに私は彼の様子がおかしいことに気がつきました。
私は彼が自慰をしていることを悟りました。
全身に鳥肌が立ちました。
嫌悪感をいだきながらも、私は彼から目を離すことができませんでした。

音を立てないようにするのに必死でした。
唾液を飲み込むことさえできませんでした。
彼は何かうわごとのようにつぶやいていました。
同じフレーズを繰り返しているように聞こえました。
そして果てようとする彼がゴトリと床に置いたのは、携帯ではなくデジカメでした。
デジカメの画面にはあの不気味な写真が映っていました。
あの顔の少年が私を見て笑ったように見えました。

その後すぐに私は部屋へと引き返しました。
リビングから寝室までの廊下があれほど長く感じたことはありません。
いつ後ろから彼が追いかけてくるかわかりません。
追いかけてくるのは彼なのか、少年なのか、恐怖で私は混乱していました。
音を立てないように、しかし1秒でも早く、やっと部屋に入った私がドアを閉じる時に廊下を見ると、彼もカメラを持って自身の床へと向かうようでした。
私は部屋に鍵をかけて蒲団にもぐり、強く目を閉じました。

翌朝、拍子抜けするほど、彼は普段の彼でした。
その日は、自分でも意外なくらい和やかに過ごすことができました。
彼は昨日の姿を私に見られたことを知らないようです。
私も彼もメモリーカードのことには触れませんでした。
ですから、結局預けに行くこともしませんでした。

カードは彼が持ち帰ったのでしょうか。
それとも我が家のどこかにまだあるのでしょうか。
私にはわかりません。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?217

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