赤いヒト

小学生時代の話。

「体育館の地下に殺人鬼が棲んでる」て噂が流行った。
そういう話に熱中していた俺、T、Sの3人組は、さっそく放課後の体育館に忍び込んだ。
(当時体育館は空手などの習い事に夜間開放されていて、 クラブ活動が終わる夕方からしばらくの間、施錠されてない時間があった)

舞台袖から階段を下りると、古ぼけた椅子が山と積まれた地下がある。
こんな場所を懐中電灯の光だけで歩く時点で、小学生には十分な肝試しだ。
とはいえここは学芸会などでも使用してる場所で、噂では、「この場所に隠し通路が存在し、先に地下2階がある」と続いている。

俺たちは隠し扉を発見すべく、協力して椅子の山を崩す作業に取り掛かった。
買い込んできた駄菓子なんかを食べて休憩しつつ、まあ秘密基地ごっこみたいな気分で。

二時間くらいやってただろうか。
もちろん扉なんてある筈もなく、習い事の連中がくるタイムリミットも近い。
無駄骨に終わりそうな気配が見え始めたころ、S君が声をあげた。
「こっち来て。この向こうの壁、なんか書いてある」
見ると、確かに椅子の隙間から見える向こうの壁に、赤い線が見える。
興奮した俺たちは、ほとんど投げるように椅子をどかしていった。

果たして現れたものは、なんてことのないただの落書きだった。
星型を逆さにして歪ませたような訳のわからない図形が、ペンキのようなもので書いてある。
しかしこの発見に舞い上がった俺たちは、「アレは殺人鬼が書いたんだ」「殺した人の血だ」なんて話をしながら、この探検で味わったスリルと、一応の成果が出たことに満足して、帰路についた。

その夜。

夕食後、だらだらしているとS君から電話があった。
「ヤバイよ!俺、もう死ぬかもしれない!」
錯乱した口調でわめき散らしている。
携帯なんかない時代だ。夜、子どもが家に電話してくるだけで深刻な事態だった。

「家の前に赤いヒトがいる!周りをうろうろして、入ってこようとしてる!」
「親に言っても相手にしてもらえない。というか、視えてないみたいだ」
「赤いヒトは2mくらいあって、目鼻口がないのっぺらぼう。動きは緩慢だけど、なんかおいでおいでをしてるような動作をしてる」

S君の話をまとめると、おおむねそんな内容だった。
急に怖くなった俺はトイレの窓から階下を眺めたが、そこには何もいない。
どこまで信じたものか図りかねるまま、俺はS君をなだめて電話を切った。

翌日から、S君の様子が変わった。
神経質にびくびくしながら、常に周囲を警戒している。
俺と、昨夜同様に電話を受けていたT君はより詳しく話を聞こうとしたが、
「赤いヒトがいる。今もどこかにいる」
そう繰り返すだけで、イマイチよく解からなかった。
俺たちはS君を気遣いながらも、出来ることなんてひとつもなかった。

日に日に彼の状態は酷くなっていった。
授業中や休み時間、ハッとあたりを見回したり、小さく悲鳴をあげることが多くなった。
「いま、赤いヒトが校庭にいた」「赤いヒトが隙間から覗いている」
後で話を聞くと、必ずそんな答えが返ってきた。

見えないものは信じにくい。あるいは子どもの飽きやすさか。
こんなS君を最初は心配していた俺らも、何日か続くうち、彼の言動にうんざりしてきた。
そうして少しずつ周囲と距離が出来始めたある日、S君がまた悲鳴をあげた。

「おまえ、赤いヒトと重なってる!」クラスの女子のひとりを指差し、そう叫んだのだ。
授業中に暴れて逃げ出すS君。先生は怒り出し、女子は泣き出し、阿鼻叫喚だった。
…俺とT君は、この日を境に彼から距離を置こうと決めた。

その数日後、指差された女子が交通事故に逢った。全治一ヶ月。
S君はその報を聞くと貧血を起こし、学校を早退した。
そして一週間、学校に来なかった。
(親同士の噂で後から聞いた話、神経衰弱で入院していたらしい)

オチが尻切れトンボみたいで申し訳ないが、その後戻ってきたS君と俺たちはほとんど話をしなかった。
彼は元の明るさを取り戻しており、「赤いヒト」の話はタブーに思えたから。
後に先生に聞いた話で「学校が元は火葬場だった」といった話もあるが、直接の関係はわからない。

ただ、T君から一度だけ、その話をS君に振ったと聞いた。
「赤いヒトって、まだ視えるの?」
S君は曖昧に笑って、答えたと言う。

「うん、いる。でもアレはもう招かないし、飲み込んだから」

最後まで、訳の解からないことだらけだった。

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