東側の人影

小3の時、阪神大震災を経験した。
当時、父親の会社の社宅に住んでいた。

詳しくは聞かなかったが建物が半壊に近いくらい損傷していたけれど、一部損壊と判定されたにもかかわらず会社から速やかに退去するように言われたらしい。

生活する分には問題なかったように思えたが古い建物で震災前から取り壊しの話しはほぼ決まりだったらしい。
だから住民は金銭的な用意もあったからだろう、翌年には残ってる家庭はウチと数件になった。

ウチは購入予定のマンションが半壊認定されてしまったから引越しが遅れた。

五階建てのその社宅は

●□□●□□●
●=階段

こんな感じで東西の端と真ん中に階段があって、その間に住戸が六戸ずつ(だったかな)あったんです。
我が家は真ん中の階段から西に二つ目でした。

震災後は管理も杜撰で階段も廊下も電灯がほとんど切れていて、我が家のある四階は西端と真ん中が切れていて東端もちかちかと明滅していました。

ちいさな頃から暗いのが苦手だった僕は、夜は階段を全速力で駆け上がって家に逃げ込むように帰るのが常でした。

ある日の夜、父親が仕事から帰ってきて、さぁ晩御飯だ、という時になって母親がビールを買ってこいと言ってきた。
父親は酒好きではないが晩御飯の時に必ず一缶だけ飲む。
必ず。

不機嫌な父親はかなり怖かったので渋々近くの酒屋に向かった。

ビールを片手に西の階段を上り始めた。
いつもなら駆け上がるのだけどビールを数本かかえていたので歩いて上っていった。

二階に上がったところでふと反対側の階段に視線を向けた。
所々で明滅している電灯に照らされた暗い廊下は、とても気味悪くて長い廊下の奥から得体の知れないものが出てくるように思えた。

ふと視線の先、反対の東端の階段の踊り場に何かが見えたので驚いたが、人の形をしていたので住民とわかり胸を撫で下ろし三階へ上がった。

折り返しの階段を昇り三階に着く。
何故かはわからないが廊下の先、東端の階段に目をやった。
人影。

三階の住人かな。
そう思いまた昇る。

四階に着き真ん中寄りにある我が家へと向かう。
反対側にはまたしても人影。

人影も同じように真ん中に向かってくる。
東側は階段の電灯が明滅している以外は全て切れているから、人影の顔が見えずどこの住民かわからなかった。
我が家の前まできて鉄?でできた重い扉を開く、閉める時に少しだけ顔を出して東側を見ると、同じように先程の人影が扉を開いていた。

最後まで顔は見えなかった。

またある日、今度は近くの友達の家で晩御飯をご馳走になって帰る頃には暗くなっていた。

西端から昇っているとまたしても東端に人影。
三階に上がった時にポケットに入れていたキーホルダーを落としてしまいそれを拾って顔を上げた。
人影がこっちを見ている。ように見えた。
気持ち悪いな、と思って急いで四階に上がった。

東端に人影。
なんだかすごい嫌な感じが全身を駆け巡った。

このままだとまた同じように真ん中に向かって歩くことになるので、五階まで上がってやり過ごそう、と子供ながらの現状打開を試みた。

五階に上がる階段を昇りながら五階は全戸退去していることを思い出した。
五階に着く、電灯は全て消えている。

いる。同じ人影が。
僕は固まってしまった。
経験したことの無い恐怖感に支配され動くことが出来なかった。

東端の人影は微動だにしない。こちらを見ている、ように見えた。
我に返った僕はパニックになり泣きながら家まで全速力で走った。
家の扉を開く瞬間、視界の端で扉が開くのが見えた気がした。

泣き叫びながら帰ってきた息子を見て父親はどうした、と。
変な、人が おばけ 怖い!そんなことを喚きちらす僕。

今のご時世なら不審者、子供を狙う変質者かと心配するのだろうが、何言っとんねん、このアホは と言い放った父親に少しだけ殺意を覚えた。

以来、引越しまで端の階段は使わなくなった。
真ん中の階段を使うと人影は現れなかったから。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?179

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