擬態

四月にとある駅前にあるワンルームの賃貸マンションに入居した。
いい歳をした独身の男が実家に居続けていれば煙たがられるのは仕方ない。

引越し先は四階建てのビルであった。一階は店舗になっていて、飲食店が入っており、二階から四階がワンルームの賃貸になっていた。
築二十年近いこともあり、空き部屋の賃料はおしなべて安かった。
小さい駅とはいえど、さすがに駅前だけのことはあり、徒歩圏内に数軒のコンビニがあって便利だと喜んだものだ。
しかし、僅か一週間も経たずにここを退去することになろうとは…

月の最初の日曜日がここでのスタートとなった。
部屋に入って、ひとまず一服とばかりに、床に灰皿を直置きしてタバコをふかしていると、壁にカレンダーが掛かっているのに気づいた。
不動産屋に案内されてこの部屋に入ったときは、こんなものは無かったはず。

単に見落としていただけなのか、それとも不動産屋のちょっとしたサービスなのか。まあ、どちらにしろそう邪魔になるものではないし、かえって便利だろうと思い、そのまま使うことにした。
上辺が半円に加工されている、ちょっと風変わりなカレンダーが気に入ったというのもあるのかもしれない。

独身男の荷物は大した量ではない。
それでもとりあえず必要な物の荷解きを済ませ、テレビやパソコンなどをセットし終わった頃には疲れが出てしまい、 その晩は少し早めではあるが、目覚ましをセットすると布団に横たわった。

どのくらいの時間がたったのであろうか。
何やら頭の後方から「がさがさ」と音がする。壁を擦っているような音。
暗闇に目が慣れていないため、何が音をたてているのか掴めない。上半身を起こし、照明の紐を手探りで探し当て引っ張る。

明るいもとで壁を見てみるが、何も変わったところはない。あのカレンダーが掛かっているだけだ。
ここは角部屋のため、音がした壁の向こうに部屋は無いから、隣の住人が発している音ではない。

外壁と内壁の隙間にネズミでも入り込んだのだろうか。音の大きさからしてゴキブリでは無いはず。もともとネズミやゴキブリなどに特に恐怖を感じない性格なので、気にとめずに再び眠りに入った。

しかし、その後も「がさがさ」という音は決まって夜中になると聞こえた。
その音に恐怖感は覚えなかったが、夜中に目が覚めるのには参った。
金曜日、あの音による寝不足と明日が休日であるために気が緩んだのであろう。
会社でミスを連発し、上司にこっぴどく怒られた。
憂鬱な気分で部屋に帰る。
いつまでも落ち込んでいても仕方が無いので、ビールを飲みながら、月曜日になったら不動産屋に連絡して壁を点検してもらおうと決めた。

その音にまた目が覚めた。
照明を点ける。いつもの通り既に音は止み、壁に異常は無い。
いい加減いらついていたこともあり、「五月蝿えぞ」と小声で呟くと、たまたま手元にあった乾電池を壁に投げつけた。
狙ったわけではない。偶然電池はカレンダーにヒットした。

その途端-
カレンダーが瞬く間に膨らみ持つとともに、見る見る黒く変色する。
そしてそれは、壁を這うように動き出した。
「がさがさ」と音をたてて。

何が起こったのか、しばらく理解することができなかった。しかし、それが何であるかを理解したとき思考が停止した。
それはどう見ても、女性の生首の後姿であった。
もはや指一本動かせずにいた。いや、瞼を閉じることさえできなかった。
そして、その生首がゆっくりと回転を始め振り返る。
そこで記憶は途切れた。

目が覚めると外は明るかった。
あれは夢だったのだろうか。
しかし、部屋を見回すとカレンダーは別の壁に掛かっていた。まるで今までの場所は危険であると認知したかのように。

その日のうちに部屋を引き払った。もしあれに気づかないまま、月が替わってカレンダーを捲ったとしたら、そのときにいったい何が起こったのであろうか。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?172

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