祖父と狐

祖父は婿養子だった。
自分の実家は、嫁ぎ先の隣町にあり、親思いだった祖父は頻繁に往復していたらしい。
自転車で片道40~50分はかかると思う。
祖父は酒を飲まなかったが、賑やかな場所や人の集まる場所が好きな人だった。
実家の方の宴会に呼ばれ、夜遅くに帰ってくることもあったようだ。

街頭など無い時代だが、それでも開けた場所なら月明かりで自転車がこげる。
しかし、町と町の間には山があり、狭い小道に木が覆いかぶさるように立っていて、そうなるともう真っ暗闇で、木の葉を風がこする音がいろんな音に聞こえてくるのだと祖母はいう。
祖父はとても度胸のあった人で、夜道も全く気にしていなかったそう。

その真っ暗な山道で、向こうから、水の中を泳ぐような恰好で男が歩いてくる。
「お前さんどうしたんだ?」と聞くが、男は答えずに「あっぷあっぷ」と今にも溺れそうな様子でいる。
なんだ酔っ払いか・・・と思ったが、茂みがポッポッとかすかに光る。

あぁ、こいつはキツネに化かされてるのか。
祖父は面白くなって、助けもせずそのまま帰ってきたそうな。
キツネはいたずら好きで、酔っぱらいを化かしては楽しむんだって。
その時、火打石を打ったような、かすかな火を出すらしい。
(キツネの唾液だか涙だかが光るとか祖母は言っていたけど、本当かどうかは分かりません)

この季節にぴったりな話をもう一つ。

いつものように、実家と嫁ぎ先を往復していた祖父。
建前の手伝いに行った帰りのことだという。

道の先がポッポッと光るので、キツネに化かされないようにと身構えた。
酒を飲まない祖父は”化かせるもんなら化かしてみろ”と近づいていくと、
そこにキツネの姿はなく、炭を作るための窯があった。
中には、浮浪者がうずくまって寝ている。
火を落とした窯の中はしばらく暖かいから、そこで寒さを防いでいたようだ。

その男はまだ若く、声をかけてみると話しがはずみ、家で風呂でも入って行ってくれと誘ったらしい。
(祖父は世話好きで、とにかく人間が大好きで、よく知らない人を家に連れてきた。ひょんなことから付き合いが始まるので、祖父の家には全国から食べ物が届いていたのを覚えている。)

しかし男は「私のようなものを連れて行ったら家の人が心配する」と断った。
そして懐から柿を二つ出すと「この先の屋敷から拝借したものです」とまだ固い柿を祖父に渡す。
「いや、ここいらの柿は全部渋柿だから、熟して落ちそうなのを取りなよ」と祖父が言うと、「そうですか?甘いですよ」と柿にかぶりついてみせる。

祖父も食べてみると本当に甘い。
祖父はそれが初めて食べた甘柿だったという。
それじゃお返しに、と建前で配られた餅や総菜を包んだ風呂敷をその男に渡して帰った。

翌朝、玄関先にきちんとたたまれた風呂敷が置いてあったそうだ。
どうやって家が分かったのか不思議だと言っていたが、昔なら家も少ないし後を付いてきた可能性もあるからそんなに不思議ではないかも。

謎なことは、その冬には植えたばかりの、背丈ほどの柿の木に実がついたことだそうだ。
昔は10年くらい経たないと実がならなかったらしい。
今は接ぎ木や品種改良などで早くから実がなるらしいけど。
もしかしたら、その男はキツネだったのかななんて言ってた。

熟した柿を、スプーンでほじくりながらそんな話を聞きました。
まだ他にもあるのでそのうち書きにきます。
文章を書きなれないので、読みにくかったらすみません。

不可解な体験、謎な話~enigma~ 58

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