うろつく人形

新潟だったか、仙台だったか・・・・
東北地方にスキーをすることを目的にした修学旅行に行ったときの話

昼はスキー、夜は自由時間。そういう日程だった修学旅行二日目のことだった。
夜になって夜間スキー組みと自由時間組みの二つに分かれて行動するのが普通で、その時間に風呂に入りに行く奴なんていなかった。
その時間帯は他のお客さんの時間で、俺達の入る時間は1組~4組、そして1班~6班で決められていた。男子女子の風呂は別々になっていた。

俺は正直、知り合いと風呂に入るのが苦手で、ゆっくりと周りの目を気にせずに風呂に入りたいと思ってたんだ。
それで皆がお土産を買ったり、部屋で遊んだり、夜間スキーをしてる中、他のお客さんのフリをして俺は一人浴場に向かった。

ちょうど時間というかタイミングがよかったのか、脱衣場には俺以外の姿が見えなかった。
脱衣場に入ってすぐ隣に服を入れておく正方形の穴が開いてる棚みたいなのがあって、どこにも浴衣や服が入れてある様子はなかった。
棚のちょうど反対側、棚の正面側にはいくつもかの鏡と洗面台があった。
誰もいないっていうことで俺は気分よく服を脱いで浴場の方に向かったんだ。

今のところは俺以外誰もいない浴場だった。
もしかしたらあとから入ってくる人もいるかもしれなかったが、今は俺しかいない。俺は浴場の湯をすくうと頭からかぶった。掛け湯って奴だ。

それで身体を洗って・・・・ふとおかしなことに気づいたんだ。
こういう観光者相手に仕事をする旅館には大抵旅館側で用意してあるシャンプーやリンスとかがあるんだけど、それとは別の・・・市販されてるシャンプーの入れ物があった。

最初は誰かの忘れ物かな?って思った。
それでさほど気にせずに洗い終わって、浴場に身体を沈めて浴場独り占めな気分を味わってたんだけど・・・・やっぱりその入れ物のことが気になってそっちを見てみたんだ。

それで違和感を覚えた。
何かが違ってるんだけど、何が違ってるのか分からない。
でも入れ物を見てて・・・あっ、と気づいたんだ。

結構前のことでよくは覚えてないんだが、俺が身体を洗ったシャワーのやつが入って二番目だか三番目にあったやつで、その一つ間を空けたシャワーのところに、その入れ物は置いてあったはずなんだけど・・・・

それが設置されてるシャワーの一つ分左側にずれていたんだ。
浴場は入ってすぐ右側に洗い場、シャワーと蛇口の付いたやつが4個だか6個だか設置されてて左側に浴場というか風呂があったんだ。
つまり・・・設置されてるシャワーの部分、その一つ分入り口から遠ざかってたんだ。

でもね、そのときは見間違いだと思った。
だって人の記憶なんて曖昧でそこまではっきり覚えてるもんじゃない。
俺も自分の記憶にそこまで自信があったわけじゃないから、そのときは見間違いだと思った。

風呂を堪能した俺は浴場を出て、脱衣場を出て・・・いや出ようとしたんだ。
そのときに人形を見つけたんだ。
和風人形っていうのかな?よく昔の人が人形遊びに使ったような赤い着物を着た人形が、ちょこんと棚の上に座るように置いてあった。

これは忘れ物・・・・というには少しおかしい気がした。
最近の子がこの手の人形で遊ぶとは思えなかったから、こういう日本人形は見てるだけでも生きてるようで・・・・
この修学旅行に行く前にもちょっとしたことがあって俺は人形が苦手だった。
だから旅館の人に伝えておくだけにしておこうと思った。
正直持って行こうとか触ろうとは思えなかった。
それで旅館の人にその人形のことを話したんだ。

そしたら旅館の人は
『あらぁ、またそんなとこにいたのね』
そんなことを口にした。
『また?』その一言が俺はすごく気になった。
それで『またってなんですか?』って聞いたんだ。

そしたらその人が悲しそうな顔をして
『女将さんの娘さんが大事にしてた人形なんだけどね。時々どっか行くのよ』
話を聞いてみるとその娘さんの仏壇に普段は飾ってあるらしいのだが、時折、ふらっとどこかへ消えてることがあるらしい・・・・
旅館で働いてる人に聞いてみると、その娘さんがつれて歩いてるのかもね、とのことだった。

もちろん話はまだ終わらない。
それだけだったら少し可哀想・・・・で終わるのだけど、問題が起きたのはその夜中。
消灯時間が過ぎて、同じ班の友達も睡魔に負けて眠りに付いた頃・・・・

ふと目が覚めた。
寒かった、音がうるさかった、そんな理由もなくて、ただふと目が覚めたんだ。
なにがあったとかそんなこともなくて、でも視線はすーっ、と部屋の出入り口にいった。
すごく自然に、あっちを見ようとか気になるとか、そういうこともなくてただ自然に視線がそこに向かった・・・・

とんとん・・・・・
扉を叩く音が聞こえた。
小さくて強くなく、弱くないその程度の音だ。
とんとん・・・・
少し間が空いてまた扉を叩く音がした。

誰かいるのかな?と思ったけど、何故か動けなかった。
恐いとかそういうのはないのだけど、動けなかったんだ。
とん・・・とん・・
音がさっきよりも弱く鳴って、それきり音がしなくなった・・・・

同じ班の奴らのいびきや寝言しか聞こえなくなってから、俺はさっきの音が気になった。 
なんですぐに確認しなかったんだろう?と今でも思うんだが、音が聞こえてから聞こえなくなるまで何かに見とれるような・・・・
そんな感覚でぼーっとしてたのは憶えてる。

さすがに結構時間過ぎてるし、もういないだろうなあっと思ったときに気づいたんだ。
何かが足りなくないか?って・・・・
だってこういう旅館では普通、スリッパを履くだろ?
あれって歩くと音がすごく目立つんだよ。ゆっくり歩いてもペタン、パタン、ってそんな感じの音がしてしまうんだ。
なのにノックの音が止んでから今までそんな音はしなかったんだよ。

でもそのことに気づいたときには遅かった・・・・
俺はさっきのノックの音が気になって扉の前まで歩いてたんだ。
足音がしなかったことに気づいて、ドアノブに手を伸ばしかけてたのを止めたそのとき

とんとん・・・・・
またノックの音がした。
近くまで来たせいか、さっきよりはっきりと音が聞こえた。
恐くて、ドアノブに手を伸ばしかけていた状態のまま、俺はその場で立ち尽くしてた。
そしたらまた

とんとん・・・・
とんとん・・・
とん・・とん・・・

今度はさっきより間が少ない感じでノックがした・・・
音が止んでも、やっぱり歩く音は聞こえなかった。
それでつい、俺もドアを叩いてみたんだ。

コンコン・・・
木造だから俺が叩いたらそんな音になった。
だけど何の反応もない。
それで俺は鍵を開けてドアを開けたんだ。
だけどそこには誰もいなかった。

気になって廊下に顔を出してみると誰かが角を曲がったような姿を見た。
こんな時間に?誰が?何で?
俺は気になって誰か知らないけど、その姿を追ってみたんだ。

このときに止めておけばよかったんだ。
誰かがいた、誰かが角を曲がった、それをわかってて、そっちにばかり気を取られて足音がしてなかったってこと、気づかなかったんだ・・・・・
何故かその誰かの姿は廊下の角を曲がるところや階段を下りてるところしか見えなかった。
ちょうど手足が見えなくなるというタイミングで姿を確認できてた・・・・・

そうこうして誰かの後を追いかけてみると浴場の前まで来ていた。
階段を下りて角を曲がったところに浴場はある。
角を曲がったところまでは見えてたのに、そこから姿は確認できなかった・・・
左側には男女に分かれた浴場、右の方は売店と暗くて長い廊下しかない

それで浴場の方を見てみると、かすかに明かりがあった。
どうやら脱衣場と浴場で電気のつけるやつが別れてるらしく、見た感じ浴場の方だけ電気がついてるみたいだった・・・

脱衣場に入るところの手前に電気をつけるスイッチがあるみたいで、脱衣場の方にも明かりをつけようと思ってスイッチを押すが電気はつかない。
ON.OFFを数回繰り返して、浴場の方も同じようにON.OFFを繰り返してみる。
すると浴場の方は消えたりついたりした。
どうやら脱衣場の蛍光灯が切れてるらしかった。

それで俺は誰かが消し忘れたんだな、と思って浴場の電気を消して部屋に戻ろうとしたんだが・・・
カラァン・・・っていう音が脱衣場、いや浴場の方から聞こえた・・・・・

桶が倒れるような音。
そのあともカランカラン、と桶か何かが転がってる音がしていた・・・
昼間のことを思い出して、まさかその娘さんが浴場で水死したとかそんなことはないよな?
そう考えたりした。けれどこんな真夜中にそれに答えてくれる人がいるわけもなく、俺は浴場に行こうか行くまいか悩んでいた。

そうしていたら浴場の脇に設置されていた自動販売機の光が消えた。 
非常口と書かれた天井と足元に設置されている非常灯の明かりしかなくなった・・・
それでね。明かりがそれしかなくなって不安になってたら足に違和感を覚えたんだ。
誰かがズボンの裾を引っ張ってるような・・・・
ちょうど子供が服を引っ張るような・・・そんな位置だった。

足元には非常灯があったから、何が足を引っ張ってるのか確認できることに気づいたんだ。
だから俺はおそるおそる足元に視線を向けた。
そしたらね、その非常灯のあるところにあの赤い着物を着た人形が置いてあったんだ・・・・

こっちを見るように顔を上に向けてるように置いてあって、足元にはその人形以外、目に付くものはなかった・・・・・
俺はすごく恐くて、ちょっとパニック状態に陥って階段を駆け上がり、自分の部屋まで急いで戻ったんだ。

それで自分の部屋の前に着いたとき
とんとん・・・
音が聞こえた。
今度は後ろから目の前は部屋の扉、後ろには窓ガラスしかない・・・・
しかも外は吹雪いてて、俺のところの部屋は二階にあった・・・・

振り向こうとしたけど、恐くてその場から動けなかった。
こういう体験をしてるときの俺は何故か動けなくなる状態に何度となく遭う。
恐がりと言われても仕方ない。だけど本当に恐くてどうしようもなかったんだ・・・

このときもそうだった。
真夜中の旅館の二階、しかも吹雪いてる外から窓ガラスを叩く奴なんて・・・
普通に考えればいるはずがない。遭難者がいて助けを求めるにしても二階にはさすがに上らないと思う・・・
とんとんとん・・・・
また音が聞こえた・・・

思わず、振り向いたんだ。
恐くて恐くて、でもそのままでいるほうがずっと恐くて振り向いた。
そしたら雪で彩られた窓ガラスに、真っ白い手がべったり張り付いてた・・・
一つだけじゃない、いくつもの手が窓を押すようにベタベタと張り付いてた。
しかも手だけ。
顔も身体も他の部分がどこにも見えなかった。
手だけが窓に張り付いてたんだ・・・・

いきなりその手がバンバンッ!!って窓を叩き始めた。
恐かった。そのままずっと手が窓を叩いてるのを見てた。
そしたらふと、手がすぅーっと消えていった。
なんだ?と思って、同時に視線を感じてそちらを見たら・・・・
あの日本人形が立ってたんだ・・・・

そのあと俺は悲鳴を上げて、それに気づいた先生や他の奴らが起きだしてきて、真夜中になにしてるんだ!!って怒られた。
でもね。夢じゃないんだよ。
皆が俺の悲鳴で目を覚まして集まったときも、俺の視線の先にはあの人形が置いてあったんだから。

先生に怒られ、友人には笑われ、そんな夜が明けた日、つまり修学旅行三日目、三泊四日だったから明日の昼にはもう旅館を発たねばならない。
昨夜のことが気に掛かってた俺は昼のインストラクター付きのスキー講習(強制)が終わったあと、自由時間(午後)に一般客で自分と同じ旅館に泊まってる人達に話を聞いてみることにしたんだ。

正直、俺はスキーを子供の頃からやっていたので多少腕に自信があった。
だから旅館で見かけた人達でややスキーが不慣れそうな人達に目をつけて、転んだり困ってたりした。
ところを狙って声を掛けてみたんだ。たとえば・・・・あれ?ひょっとして旅館で会いませんでしたか?
そんな感じに話掛けてみたんだ。それでちょっとおもしろい話を聞けた。

俺が秘密で風呂に行った話を覚えているだろうか?
あの時に変な事が起きた気がしたのは気のせいではなかったらしい。
俺が風呂場の話をすると、その人はちょっと嫌そうな顔をしたんだ、だから俺は何かあったんですか?って聞いた。
そしたらその人はこんな感じのことを言ったんだ。

『いや・・・なんつーか、あそこ気味悪くねぇ?ずーっと誰かに見られてるような気がしたんだけどよ』
風呂場なんだから他の人が見てることもあるんじゃないか?そう言ったら
『俺だってそう思って周り見てみたけどよ、こっち見てる奴誰もいねえの。それに・・・』
少し考えるような間があって・・・そのあとでその人は言ったんだ。
『視線を感じるなあって場所だけ誰も近寄ってないんだよ。これおかしくね?』
そんな話を聞いた。

それから他の人にも同じような手口で近づいて聞いてみると
『夜中に扉とか叩く音が隣の部屋から聞こえててうるさくて眠れなかった』
『さっきまでなかったのに部屋の隅に日本人形が置いてあった』
そんな話をいくつか聞けたんだ。

滑るのに飽きた俺は旅館に戻って着替え終えるとお土産を買いに近くのお店まで出かけたんだ
旅館からそこまで割りと遠くて疲れたのを憶えてる
どうして地方ってのはこうも家と家の間が離れてるんだとかそんなことを考えてた
そうして歩いて土産屋を探していると気になる商品が置いてる店があったんで
俺はその店に入ってみたんだ

店の前には日本人形が飾ってあった。
ちっこいやつも置いてあって、いい土産になるかもしれないと俺は思って店に入ったんだ。
まあ価格見てみたら高くて手が出せなくて諦めたんだけど、その店の人が旅館の女将さんと同級生だったって話を聞いて、俺は旅館で遭った出来事を話してみたんだ。
そうしたら少し話をしてくれた。

あの旅館では前から結構その手の話はあったらしい。
窓を叩く無数の手、誰もいない風呂場から聞こえる話し声。でも日本人形の話はなかった。
お化けが出るとかそんな話が結構近所では有名になってしまって、客足も少しずつ減っていったそうだ。

そんなある日のことだ、女将さんと娘さんはスキー場で遊んでいると途中で吹雪いてきた。
視界が悪くなって、遠くが見えないくらいだったらしい。
二人で町まで降りようとしていると、途中で転んで足を挫いた人がいたのを女将さんは見つけたようで、娘さんに先に下りて待ってるんだよと言ったらしい。

他にも降りている人がいたようだから、きっと後を着いて行くように言ってあったんだろう。
女将さんがその人と町まで降りたときには娘さんの姿がなくて、幾日か救助隊だかなんだかが山を探し回ったが、娘さんの手袋しか見つからなかったそうだ。
スキー板とかはスキー場で立掛けられてるのが発見されたらしいが詳しいことは知らない。

それかららしい。旅館で日本人形が勝手に出歩くと言う話が出始めたのは。
そしておもしろいのが・・・・怪奇現象、いわゆる幽霊騒動が起きるといつのまにかその近くには日本人形が姿を現すようになったのだという。
前までは事故とかも遭ったようなのだけど、それ以来おかしなことは起きても事故が起きるほどのことは起きなくなったそうだ。
俺は話を聞かせてくれた霊を言うと店を出た。

なんとなくだけど・・・・・なぜ俺の行く先々で日本人形がいたのか理由が分かった気がした。
次の日、旅館を発つ前に俺は日本人形が置いてある仏壇に線香をあげた。

これで旅館の話の補完が終了。

近所の人の話を聞いてみたときに旅館で自殺とか数件あったようなので、もしかしたらそれのせいでおかしなことが起き始める様になったのではないかと俺は思ってますが・・・・・実際どうなのかは知りません。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?157-1

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