おめん屋

今から5、6年程前の初夏の話。

知人が持っているある地方の別荘を貸してもらえる事になったんで、俺と彼女は車で小旅行にでかけたんだ。
チェックイン時間とか気にする必要もないので、途中に色々寄り道していたら予定よりおそくなってしまった。

昼間は、はしゃいでいた助手席の彼女も少し疲れたのか口数が少ない。
陽が落ち始め、あたりがだんだんと薄暗くなる感じ。
それに少し風が出てきたようだ。

そんな中、海岸沿いの細い国道を目的地に向かって単調に流していた。
俺の方も知らない道、ほとんど対向車もなく寂しい感じの上に、これまた街灯がつくかつかないかの淡い紫色の夕暮れに、なんか妙な帰巣本能みたいなのを感じていた。
そんな時、彼女が「あ、おめん屋さんだ」と前方を指さした。

確かに進行方向の左前方に何か小さな小屋みたいなのが見える。
心持ちスピードを落として近づくと、そこに屋台がぽつんと止まっていた。
もう何年も前に営業をやめたであろう朽ち果てたドライブインの駐車場にそれはあった。

俺は「ホントだ。確かにおめん屋、、、だな。」とつぶやいた。
というのも、ひとり用のリヤカーの荷台部分に百葉箱のような小屋が組まれており、そのこやの壁面におめんがずらっと飾られていたんだ。

「へー、変わってるね。こんなの見るの初めて。」と彼女は少し元気が出てきたようだった。
縁日の屋台なんかでは、たまに見かけることもあったが、移動式は俺も初めてだった。
彼女はシートベルトが邪魔だとかぶつぶつ言いながら、窓から身を乗り出すようにして車の通過にあわせて、おめん屋の方をずっと見送っていた。

それからしばらく走っている間、彼女は何かを考えていたようだが、「ね、今のおめん屋さん、ちょっと覗いてみようよ。」と言い出した。
俺は、わざわざUターンしてまで、、、と少し面倒に思ったけど、彼女の意見に従うことにした。

戻ってみると、電信柱の街灯の光にぼぉっと照らされたおめん屋がたたずんでいた。
車を降りて、改めて見てみると、屋台の屋根には黄色やオレンジ色の羽のかざぐるまが数本、からからと音をたてて回っていた。
四方の壁には、縦4段で横に等間隔にびっしりとおめんが並べられているようだ。
そしてそのおめんは縁日ではあまり見たことがないようなものばかりだった。

普通ならアニメやゲームのキャラクターを模したものもありそうなものだけど、なんというか、、、表情がないというか、薄ら笑いを浮かべているというか。。。
一言で言えば不気味なおめんばかりなんだ。

材質も変わっていた。
普通のおめんはてかてかと光沢のあるプラスティックみたいな感じなのに、ここのおめんは、なにかつや消しのゴムみたいな変わった材質で出来ているようだった。
昔、映画であった「犬神家の一族」に出てきた「すけきよ」みたいな感じ。

店の人は?と見回すと、丁度屋台の反対側に、道路から隠れるような所にいた。
俺達には背中を向けた、つまりこちらからは顔が見えない状態で。椅子に腰掛けていた。
彼女が「こんばんは。」と声をかけると、店の人がゆっくりと振り向いた。

少しびっくりした。
薄暗いので気づかなかったけど、その人はおめんをしていたんだ。
しかも、例の薄気味悪い無表情なおめん。。。
「おやお客さんかい。」
おめんのせいか、少し聞き取りにくかったが、声の感じでその人がおばあさんだとわかった。

一瞬、俺と彼女は顔を見合わせたが俺はこの人の営業スタイルなのかな?とおもった。
彼女もそう判断したらしく、気を取り直して二言三言、言葉をかわしていたが、気味の悪いおめんばかりなのは変わらない。
結局、欲しいおめんがなかったのでひやかしだけになってしまった。

車に乗り込んで彼女が助手席から再び礼をいって立ち去ろうとした瞬間、海側からびゅぅっと、突風があたりを吹き抜けた。
かざぐるまが、からからからと激しく音をたてて回り、おめんがバタバタと風と壁の狭間ではじけ、ほとんどのおめんが地面に落ちてしまった。
「あっっ」と俺達は声をあげた。

落ちたおめんに対して出た言葉じゃなかった。
唯一、風に飛ばされなかったおめん。
屋台の正面の真ん中にかかっていたおめん。
それがすぅっと屋台の中に引っ込んで、ぽっかりと黒い穴が現れたかと思うと、パタンッとその穴をふさぐ小さな扉が閉められたように見えた。

屋台の周りにはおめんが散乱していた。
おばあさんは向こうを向いたまま、うつむき気味に身じろぎもせずじっとたっている。
次の瞬間、ガタガタガタと音がしてはっと我にかえった。

屋台が小刻みに震えている。
おばあさんを見ると、やはりじっとうつむいたまま動かない。
なぜか、おめんをつけているかどうか確認するのが怖かった。
ガタガタ音はだんだん大きくなり、ミシッとかメリッとか言う音も混じってきた。

「早く、、、早く出して。。。」と震える声で彼女が言った。
俺はあわててアクセルを踏み込み、、その場を後にした。
バックミラーに写るおめんやが遠のいていき、次のカーブで見えなくなった。

数日後。
当然彼女は嫌がったが昼間に行くということで説得し、帰りにそこの前を再び通ったけどもうおめん屋はそこにはいなかった。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?128

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