落書き

知り合いの話。

彼は大きな街で、出版関係の仕事をしている。
ある日、印刷所に行こうとすると、会社ビルのエレベーターが不調だったという。
時間がなかったため、非常階段で下まで降りることにした。

非常階段のドアを開ける寸前、横手の壁に落書きがあることに気がついた。
“転落注意!”と、ただそれだけ太マジックで書かれていた。
気にせずドアを引き空けた彼は、思わず足がすくんでしまう。
ドアの向こうには、果てが見えないほど大きな峡谷が広がっていた。
断崖絶壁だ。

慌ててドアを閉める。
もう一度、ゆっくり開けると、いつも通りの非常階段が見えた。
階段を下りながら、ふと思ったのだそうだ。

 あの落書きの作者は、自分と同じ光景を見たのかな。

現在、誰が書いたのか“滑落注意!”という落書きが、新たに加わっているという。

山にまつわる怖い話9

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