友人の話。
山道整備のボランティアをしていた時のことだ。
邪魔になる張り出し枝を切っていると、不意に生暖かい風に包まれた。
途端に背筋がきゅっと冷たくなる。何だこの風は?
鋸を取り落として身体を抱きしめた次の間、目の前を何かが横切った。
長い髪を振り乱した青白い生首が、風の中に舞っていた。
嫌になるくらいに無表情だったという。
あっという間に首は流れて消えた。周りの空気が正常に戻る。
しかし、身体に取り付いた悪寒は去らない。
青い顔をして詰め所に戻ると、今見た物を告げた。
誰も信じてくれなかったが、責任者格のお爺さんは一人こう言ってくれた。
「悪い風に行き合っちまったな。今日はもう降りろ」
そして「まず熱が出るから大事にしてな」と付け加えられた。
その言葉通り、彼はその夜から二日間ほど寝込んでしまったという。
後で聞いたところ、件の風は地元では山ミサキと呼ばれているらしい。
出くわすと大熱を発し、運が悪いと死んでしまうこともあるのだと。
そんな目に合ったにも拘わらず、彼は今でもそこのボランティアに毎年参加しているそうだ。
「ま、死ななかったしな」そう言って頭を掻く。
ただその山に入る前に必ず、登山口で線香を上げるようになったそうだ。
山にまつわる怖い話21