知り合いの話。
彼の田舎には、溜め池が数多くあったのだという。
中に一つ、どうにも不気味な沼があった。
村外れの山中にあるその沼は、勝手に入れないよう周囲を鉄条網で囲ってあり、入口は鎖で施錠されていた。
子供達は「ここで遊んではいけない」ときつく大人たちから言われていた。
元よりそこは気味の悪い場所だったので、地の者は誰も近よらなかった。
しかし、そこでは毎年のように溺死者が出た。
決まって八月になると、水面に浮かんだ遺体がみつかったらしい。
なぜか他の土地の者ばかりだったので、村で長く話題になることはなかった。
高校に上がる頃、彼と友人たちはおかしなことに気がついた。
八月のある期間だけ、沼の入口の鎖が解かれているのだ。
まるで入ってくださいとでも言わんばかりの光景に、違和感を覚えたという。
あれじゃ事情を知らない余所者は入っちゃうよと思ったが、大人に伝えても気のない生返事が返ってくるだけだった。
彼が高校を卒業する年、村長のまだ幼い孫娘がそこで溺れ死んだ。
後で知ったのだが、村長の家がその沼のある土地を管理していたらしい。
発見者の言によると、入口の鎖は解かれていたのだと。
季節は晩秋。八月ではなかった。
変わり果てた孫を抱えて慟哭する村長を囲んで、大人たちがボソボソと話す中に、気になる内容があったという。
「毎年毎年、餌やるような真似をするからだ」
「水のくせに増長しやがる」
結局、誰が鎖を解いたのか、どうして孫娘がその沼に出向いたのか、そこのところは不明のまま。
その事故からしばらくの間、村長が沼の側で見かけられたそうだ。
巡回していた青年団の者が何度も見たという。
村長はブツブツ呟きながら、長い竹竿で沼の水中を掻き回していたらしい。
ちなみにその当の村長が溺れることはなかった。
現在、沼は埋め立てられて更地にされ、売地の看板が掲げられている。
周りの鉄条網はなぜかそのまま残されているそうだ。
いつまで経っても、買い手がつく様子はないという。
山にまつわる怖い話23