仕事場から自宅まで車で一時間半。
途中ショートカットで山道を通れば20分早く帰宅できるので毎日そのルートで帰っていたが、今はその道は通らないようにしている。
三ヶ月ぐらい前、深夜1時ごろ。
帰宅を急ぎその山道を走っていた時だ。ふいにチリーンと鈴の音がした。
「ああ、キーホルダーの鈴かぁ」何気にそう思って気がついた。
私のキーホルダーには鈴はない。
車のキーは単独であるので、ほかのキーと擦り合って音がでることもない。
それでもチリンチリーンと音が続くので、神経をとがらせて音をたどると誰も乗っていない助手席あたりから聞こえているようだ。
「音がでるようなもん、なんかのっけてたっけ?」そう考えてるうち、急に車内が酒臭くなった。
日本酒を飲んで酔っ払ったオヤジが発するあのくっさーい匂いだ。
私は下戸なので、酔っ払いの匂いがとにかく苦手なのだ。
「うっ・・・くっさ・・・」と思わずつぶやいたら、だれもいないはずの助手席からなんと衣擦れの音とともに豪快なゲップが聞こえた。
目のすみに助手席に座る陰のような輪郭が見える。
横を見ないように、ただひたすら前だけ見て山道をつっきって国道にでたところのすぐにあるコンビニに飛び込んだ。
30分ほど立ち読みして時間をつぶし気分をおちつかせ、車の中の嫌な気配が消えたことを確認して、缶コーヒーを買って無事に帰宅した。
それから一週間ほどたった頃、また仕事で遅くなった。
ずっとあの山道は避けていたのだが、ぼーっとしてて気がつくと山道に向かう道を走ってた。
「うわっやっべー」と思ったが、引き返すのもめんどくさいし、そう何度も立て続けに怖い思いもしないだろうと、たかをくくって山道を通ることにした。
ゲップがもし聞こえても聞こえないように音楽をがんがんにかけた。
鼻歌歌いながら山道を走っていて、ふとサイドミラーを見た。
サイドミラーの内側の端っこからそろりそろりと、なにかがスライドしてくる。
「ん?」とチラチラ見てたら、ケバイ化粧した女の顔がどアップで出てきた。
「なーんだ、私の顔じゃん♪」
瞬間安心したが、いや、まて。サイドミラーに運転してる自分の顔なんて写るわけない。
もう一度サイドミラーを見直してみる。
やっぱりケバイ化粧の女の顔が写ってて、こっち見てる。
よく見れば全然別人。別人というより私より美人じゃん。
いやまてまて。問題はそういうことじゃなくて
なんで走る車のサイドミラーに人の顔が大写しで写ってんの?
一通り混乱した後、恐怖がどわっと押し寄せた。
またあのコンビニに飛び込んだ。「またですか?」っていわれた。
絶対もう二度と通らん!と決意しなおし、缶コーヒーを買って帰宅した。
そして一昨日。
あれだけ気をつけてたのに、またも山道へ車を向けてしまった。
ぼーっと走ってるとついつい今までの習慣に従ってその道を選んでしまうらしい。
賢明な人間なら引き返すのだろうが、能天気のうえにずぼらな私は引き返すのがめんどくさい。
人並みの恐怖心は持ち合わせているので、一応迷ってみた。
出た結論は、私だけを狙ってるわけもないだろー、とそのまま突破することに。
でもやっぱり狙われていたのかもしれない。
さすがに二度も怖い思いをしたので、腰のあたりがぞわぞわする。
びくびくしてたのが余計呼び寄せるきっかけになったのかもしれない。
突然、ゴトンとなにかに乗り上げたような衝撃がした。
注意深く運転していたはずだ。
(サイドミラーは見てないが)道に何も落ちてはいなかった。
でも、もし見落として人なんかを轢いちゃってたとしたら?そう思って確認することにした。
見たところで何もないという怖い予感はしてた。
でも万が一のことを考え、意を決してこわごわ車から降り周囲を確認する。
やっぱりなにもない。
あんまり考え込まないようにして再び車を走らせた。
車を走らせてるうちは無事なんだ、おばけなんかに捕まんないぜ・・・そう自分に言い聞かせた。
私の心の中を読んだのだろうか。
敵は思わぬ攻撃をしかけてきたのだ。金縛り攻撃。
きゅーんっと体の自由を奪われていくあの感覚に襲われ、ものすごくあせった。
「私起きてるよな?な?寝てんの?もしかして居眠り?」
車を止めようか迷ってる時、背後から嫌な気配がしてきた。
肩からハンドルを握っている腕に沿って、白いものが伸びてきた。
細い女の手だった。
幽霊の手は当然冷たいんだろうと今まで想像していたが、全然冷たくなかった。
私の腕の上に白い腕が乗っかって、手首を掴んでいるわけだが、冷たいどころか、捕まれている感触も重みも何も感じない。
ただ見えてるだけ。
きゅんきゅんと金縛りは強くなってきて、ハンドルを切るにも脂汗がでるような状態だったが、冷たくもなんともない、ただ見えてるだけの邪魔な腕に、瞬間的にぶち切れた。
同時に金縛りも解除。
思いつく限りの罵詈雑言を腕に浴びせ、怒鳴る勢いで車を走らせまたあのコンビニへ飛び込んだ。
店員がこっちを向くなり「ひっ」と抜けた悲鳴をあげ凍りつく。
「うぞっっ!?」と思い自分の肩を見た。
振り切ったと思ってた白い手がブラーンと肩から垂れ下がっている。
「ついてきちゃった・・・どーしよ・・・」
しかし、混乱する頭より早く、極度の緊張を生き延びてきた自分の体が勝手に、しかも本来の自分では考えられないほど俊敏に行動を起した。
私は颯爽とドアを開けて店の外に出ると、肩に張り付いている白い手をむんずと掴み、そのまま背負い投げ(っていうのか?)をかました。
無我夢中。背負い投げ(もどきかもしれん)なんて生まれてはじめてだ。
が、いままでなんの感触もなかった白い手だったのに、投げる瞬間に掴んだ腕のぶよっとした感触、背中にかかる人としか思えん体重を感じてしまい、その気持ち悪さと、緊張の糸が切れて、その場に座り込んでしまった。
店員がおそるおそる出てきて声をかけてくれる。
「あの・・・だいじょうぶですか?」
「あぅあぅ・・・なんとか・・・ええ・・・ってよりさぁ!顔見た?」
「見ちゃいましたあああああああああああ(泣」
「ケバかった?」
「あいあい!あい!!(大泣」
「私とどっちがケバかった?」
「あああ・あ・・・あ(汗、大汗」
サイドミラーに写ってたあの女に間違いないと確信した次第である。
もう二度とあの道は通らないとは思うが、なぜに三度も襲われたのか謎である。
ざっと調べてみたが、あの付近で死亡事故やら殺人事件やら幽霊の発生源になるような件は見当たらなかった。
人知れず、あのケバイ女はあの山付近に埋められているのだろうか。
ケバイつながりで私についてきてしまったのだろうか。
そしてあいつは、投げ飛ばされたコンビニの駐車場に今もいるのだろうか。
あのコンビニにも二度と行かないつもりではある。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?94