自分の親は70過ぎで今は山登っていないが、昔は富士山に冬登るような自称アルピニストだった。
今でも凍傷でなくなった足の小指を勲章のようにしている。
今でも運動はしてるし俺よりも体力のあるような親父だが、あんなに好きだった山登りは一切しなくなったんだ。
まぁある程度の加齢での体力の衰えとかそういうのはあっただろうが、何でかなーと思いつい最近実家に帰った時興味半分で聞いたのだが、怖いというか不思議というかとても興味深かった。
親父が山登りをきっぱりと辞めたのは60台後半夏の高天原山だった。
親父からしたら軽い山で、テレビで日航機慰霊の話を見て登ったことなかったから、ハイキングがてらに登りに行こうと思ったらしい。
夏山のいつも通りの登山スタイルで登って行き、何もアクシデントがあるわけでもなく順長に登り慰霊碑に着いた。
少し休んで別の道で帰ってどこかで一泊しようかと思い休憩していると、何か得体のしれない恐怖に襲われた。
例えるのなら雪山で雪だまりに足を突っ込んだような、アイスピッケルが外れてしまうような。
俺にはわからないが山男にしかわからない感覚を味わったそうだ。
「これはマズイな」と思った親父は立ち上がり足早にそこを立ち去ろうと思った時、絶対に何もなかった場所に躓いた。
自分の体が宙に浮きハッっと目覚めた時は近くの休憩所の椅子の上だったらしい。
「休憩中に熱中症で倒れたんだよ」
と言われたが親父は頑なに否定した。
確かに親父は熱中症には絶対の注意を払っていたしその時も塩分や水分・体温なども問題がなかった。
しかし倒れたのは倒れたのだし大事をとって病院に行き、無問題の健康体診断をもらって家に帰宅して登山荷物を片付けていたところ、お守りに持っているコンパス(ガラス製の高いもの)が硬い容器に入っていたはずなのに中身だけがぐちゃぐちゃになっていたそうだ。
「もう2度目はないな」
親父は「何か」を悟って山登りをやめたらしい。
今でもそれが何かってのはわからないらしいが、次登ったら俺は多分2度と生きては帰ってこれないんじゃないかななんて笑いながら言ってた。
そんな親父は今こんがり日焼けをするサーフボーイになってる。
山にまつわる怖い話68