犬の散歩

消防の頃、妹と犬の散歩に出かけた時の話。

夕暮れ時。妹がリードを引いて犬と一緒に先を歩く。
その後ろを歩く俺は、たぶん、群れ的に順位低め。

犬の散歩コースの途中には、4階建て鉄筋コンクリ造のアパートがある。
誰も住んでいないが、廃墟と言うわけではない。階段の蛍光灯もちゃんと点くし。

かあちゃんに聞いた話だと、そこは市営のアパートで、何年か後に建て替える予定なんだとか。
入居者はすでに新築のアパートに移され、こっちの建物は入居者が増えた時の予備として残されてるそうだ。
まあ、子供は殺人事件があったからとか、幽霊が出るからとか、勝手な噂をしていたけど。

そのアパートの前に通りかかった時、急に犬がリードを強く引いて走り出した。
妹が、すっ転んで腕からリードが抜ける。

犬、猛ダッシュでアパートに突入。そして、ハッハ言いながら階段を駆け上がる。
いくら無人とは言え、中でウンコでもされたら大惨事なので、俺と妹も慌てて追いかける。
階段が二つあるので、犬が飛び込んだ方に俺が、もう一方は妹が昇り、挟み撃ちにする作戦にした。

で、犬の名前を呼びながら1階ずつ昇り廊下を見渡す。2階、3階……犬も妹いない。
とうとう4階。でも、やっぱり誰もいない。

ためしに反対側の階段に向かって「いたかー?」と叫ぶ。「みつけたー」と返事。
「つかまえたかー?」と聞けば、「まだー」と返事。
「つかまえられるそうかー?」と聞けば、「つかまえるー」と頼もしい答え。がんばれ妹。

そして、パタパタと階段を駆ける足音。俺も、声が聞こえた方の階段へ向かって走り出す。
すると犬が階段を昇ってきて、ひょっこり顔を出した。
こっちを見ながら口を半開きにして舌を出して、ハッハ言いながら超ご機嫌。

妹のヤツ、うまく追い込んだな、と感心しながら俺が駆け寄ろうとしたとき、犬は屋上へ通じる階段の方を見て、ピタっと動きを止める。
耳をピーンと立てて、低くウウウゥ……と唸り、そして狂ったように吠えだした。

俺は犬に駆け寄ってリードを掴む。犬が吠える方に顔を向けると、パタパタと階段を駆けあがる足音。
「○子(妹の名前)、帰るぞ!」と呼んでも返事が無い。
仕方なく犬を連れて階段を昇ろうとするが、犬は踏ん張って動こうとしない。

どいつもこいつも、どうしてこう俺の言うことを聞かないんだ!とイライラし始めたころ、下から「おにいちゃーん!」と声がする。フェンスから身を乗り出して下を見ると、妹がいた。

それじゃあ、昇って行ったのは誰だ?と首をかしげながら、俺と犬はアパートを出た。
なんでか妹は半べそだった。どうしたのと聞くと、鼻水をすすりながら答えた。

犬を探して階段を上っていると、後ろから何かが追いかけてきた。
怖くなって3階のガス栓なんかがあるスペースに身を隠し、足音をやり過ごしてから慌てて逃げ出した。
犬もおにいちゃんも戻ってこないから、すごく心配した……と言う。

足音と言うのは、たぶん、屋上の階段を昇って行った女の子だろう。
色々考えると急に怖くなって、俺らは急いで帰ることにした。
それ以来、そのアパートは犬の散歩コースから外した。

ほんのりと怖い話86

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