双眼鏡で見たもの

俺も上の方のスレを読んで思い出した。
もう5年ほど前の事になるが、十月の第三週頃、北八甲田の城ヶ倉大橋でおかしな体験をしたことがある。

城ヶ倉大橋は城ヶ倉渓谷の上空122メートルに架かるアーチ橋で、橋の上から真下の渓谷を覗き込むと、ブナやダケカンバの美しい紅葉を見下ろす事が出来るんだが。
当時はまだドローンのような物は一般的ではなくて、景色を真上から見下ろす事は簡単に出来なかったから、面白いアングルの風景写真が撮れる貴重な場所でもある。

確かその日は、早朝から天気も良く、八甲田ラインをめぐってブナ林の黄葉を撮った後、午後も遅くなってから城ヶ倉大橋の上から写真を撮っていた時だったと思う。
だいぶ日が暮れかかってきたころ、真下の渓谷を見下ろしていると、人が一人、渓谷沿いの登山道を上流から下って来るのが見えた。
四つ足の獣と違って人間は二足歩行だから、真上から見ると頭の部分しか見えなくなる。なので、今ひとつ判然としないのだが、とにかく白髪交じりの初老の男性のようで、ハゲではなかった。

で、カメラを向けて200ミリの望遠越しにファインダーを覗いていたんだが、その内にふっとその人物が真上を見上げて、こちらと目があった。
目があったんだが、よく見るとそれは人の顔ではなかった。というか頭が人間のそれではなく、何と言うか面長のカモシカのようで、黒白の剛毛に短い二本の角のような物が突き出ていた。
まあ、とにかくそんな風に見えた。

驚いてファインダーから目を離した瞬間に、被っていた帽子が落ちてしまい、あっと言う間もなく谷底から吹き上げた強い風に煽られ空高く舞い上がって、橋上の道路にストンと落ちた。
急いで帽子を拾ってもう一度覗き下ろすと、さっきの人(カモシカ?)がいない。

きょろきょろしていると、だいぶ下流の方に動いて行く黒い姿が見えたので、反対側の橋桁に移動して覗き込んだが、もう何も見えなかった。
しばらくして日が落ちると、谷底は完全に闇に包まれて後は何も見えなくなった。

結局、あれがなんだったのかは良くわからん。
日が暮れかかっていたので、ただの人を見間違ったのかもしれないし。
何かの面をかぶっていたとか、あるいは本当にカモシカだったのか。
その時は、錯覚か見間違いだと思って大して気にも止めなかったのだが、今思うと不思議なものを見たように思う。

山にまつわる怖い話77

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