いつだったか、東南アジア某国に第二次大戦の慰霊旅行で行った際。
(と言っても当時の私は、慰霊なんて高尚なことを理解出来る年齢ではなく、外国に旅行に行けるなら、と深い理由もなく両親に付いて行ってただけだった)
無事に向こうの空港に着き、両親の目的の場所に車で向かう。
青々とした林に通る未舗装道路を少し行き、ボロボロのコンクリートの建物がある場所で車は止まった。
「あなたはそこら辺で遊んでなさい。遠くへ行っちゃ駄目よ」と母に言われ、言われるまますぐ近くの林で地面を弄ってた。
両親は現地の人と熱心に話し込んでいた。
日本では見たこと無い草が沢山生えてたので、退屈はしなかった。
近くの林をぶらぶら歩いていると、少しだけ開けた場所に出た。
真ん中に近いところに丸太が置いてあって、そこに作業着を着た男の人がちょこんと座っていた。
彼は私に気がつくと、「こんにちは」と挨拶してきた。
てっきり現地の人だと思ってたので、つい驚き、上ずった声で挨拶を返してしまった。
私がばつの悪い顔をしていると、男の人が「座りませんか」と笑って言ってくれたので、素直に隣に座った。
不鮮明な記憶だが、ここの気候には慣れない、国に帰りたいとかを、彼は物悲しい声で話してたのは覚えている。
(私は学校の事とかを話した)
子供心でこんな外国で働いてて大変だなぁと思い、近くに生えてた小さな花を摘んで、男の人に差し出した。
彼は困ったように笑ったので、根っこが気に入らなかったのかと思い、根っこをちぎって捨て、改めて渡そうとして向き直るともうそこに誰も居なかった。
嫌われたのかと思い少々ショックだったが、時間も時間だったので両親のところに戻った。
まだ現地の人としゃべっててうんざりしたが、草を弄ってるとそんな気分も薄まっていった。
無事に帰国し、夏休みの宿題日記に旅行の事を書くうちに、あの男の人で失敗したなぁと思い出していた。
彼の格好が旧陸軍だと知ったのは二十代後半になってからだ。
彼の隣に座った時の、あの汗と土の匂い、屈託の無い笑顔は、今でもはっきり思い出せる。
ほんのりと怖い話107