これは私が大学時代の話だからもう10年以上も前のことになる。
当時、私は実家から遠く離れた大学に通っていた。
新幹線だと丸一日かかるので、実家に帰る時は飛行機だった。
当然一人暮らしで、大学時代は寮だったのだが、寮にまつわる怪談やうわさ話に反して何事も無く実に平穏だった。
ただとても古い建物だったのでGが多く、寝ている時に天井からムカデが降ってきたなんてこともあり、別の意味で恐怖だった。
大学卒業後、近くにある同系列の別の大学に編入したので寮を出ることになり、近場に部屋を借りることになった。
古い部屋で虫に悩まされるのはもうこりごりなので、不動産屋さんにお願いしてできるだけ新しい部屋を借りることにした。
もちろん値段は相応に高くなったが、駅前徒歩3分の場所に新築の物件を借りることができた。
1階2階とも4件ずつ並んだ2階建てのコーポだ。
ところで私の母の家系は皆怖がりの零感なのだが、父の家系は霊媒師や生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなくて運転できない人や、とにかく異様に霊感が強い人が多かった。
父も強いが父のいとこのYおばさんは別格で、軽い予知や過去視?のような能力もあるひとだった。(ちなみに私はちょっと感じる程度で幽霊などみたこともない)
その人に引っ越したあと電話でYおばさんに「(私)ちゃん、よくない状態にある」って言われたのだけれど、新築物件で建物に謂れはないし、その物件が建つ前は長いこと駐輪場だったことも知っているので、場所が悪いということはないと思っていた。
けどその新築物件は綺麗な見た目に反し、非常に寒々しかった。部屋に入るとぞわっと鳥肌がたつこともあった。
それからそこに住んでいた期間はたった2年なのだけど、その期間に入院2回、救急車1回、骨折2回に靭帯損傷1回と、その他にも病院には数え切れないほどお世話になった。
なんとなく不運が続くな、程度にしか思ってなかったのだけど、その頃から急激に体が冷えるようになった。
元々極度の冷え性ではあるが、そういうレベルの話ではなく私が入るとこたつが冷えていくと言われたほどだった。
そしてその部屋だが、夜中の3時頃になると、どさっ、と何か重い物(土嚢とか)を落とすような音が聞こえてくる。
壁が薄いのでおとなりさんがベッドから落ちてるんだろう程度に考えていたのだが、毎日同じ時間なので不思議に思っていた。
ある日友人が遊びにきて私と一緒にロフトで寝ていたら、その日も案の定どさっという音が聞こえてきた。友人は飛び起きて
「今の音何!!?」
と慌てていたが、
「気にしなくていいよ~いつものことだから。多分お隣さんが寝ぼけてベッドから落ちてるんだよ」
と笑っていたら、
「いや、今の音、絶対部屋の中心でした」
と言い張る。
部屋の中心には2人掛けのソファーとテーブルが置いてあるだけで、他には特に何も音の発生源はない。
でも友人の主張が気になったので、次の日はそのソファーとテーブルをどかし、中心に布団を敷いて寝てみることにした。友人には止められたが私自身は特に怖いとは思わなかった。
ちなみに友人にも一緒に寝ないかと誘ったが断られた。
次の日布団に入って夜中の3時を待ったが、その日は何も落ちてくる音がしなかった。
自分の上に落ちてくるのは何かと多少楽しみにしていたのでがっかりして寝に入ると、しばらくして周囲に人の気配がして目を覚ました。
目を開けても何も見えないが、自分の周囲を歩く音が聞こえてくる。
そして、その周囲の気配が一斉にこちらを覗きこむのがわかった。何でわかったのかは知らないが、とにかく(あ、みんなが覗きこんでる)と思った。
その視線には害意も敵意も興味も何の感情もなく、ただそこにあるものを見つめているだけのように感じられた。
結局それ以上の何もなく朝を迎えた。
そこに寝たのはその1回きりだ。
怖いとは不思議と全く思わなかったが、体が冷えて寒くて仕方なかった。
結局その後体を壊して実家に戻ることになり、その部屋を引き払うことになった。
引っ越しまで2週間となった時に、お隣さんが訪ねてきた。
ちなみに201・202(お隣さん)・203(私)・204の並び。
「俺、来週引っ越すんですよ」
と言われ驚いた。
「え、私はその次の週に引っ越すんですよ」
と言ったら、お隣さんは更に驚いて
「え、201の人は明日引っ越しですよ」
と返してきた。
前述の通りここは新築物件で、つまり201~203号の3件とも2年も経過しないうちに引っ越すことになったわけだ。
びっくりして204号の人っを訪ねてみると、なんと来月引っ越しだという。
1階のひとにまで聞きまわることはしなかったが、全8件のコーポのうち、上半分の4件はたった2年で空き家になる。
なんとなくぞっとして、それ以上の追求をせずそこを引き払った。
実家に戻ったら、酷い冷えが徐々に収まってきた。
実家は東北なので西日本の暖かい地域のあの部屋より暖かいとはおかしいが、ともかく不調はなくなった。
それからしばらくして、父のいとこのYおばさんが訪ねてきた。
彼女は私を見るなりびっくりして
「あんたあっちで一体どこ住んでたの!?」
と言った。
別に曰くがある土地じゃないけど、こういうことがあったよ~と言ったら、Yおばさんは
「それ、井戸だね」
と言った。
物件を建てる前の駐輪場が作られるよりもっともっと前、いつの時代かわからないがそこは井戸だったと。
おそらく、井戸を埋め立てた時にちゃんとした処置(? よくわからないが通気口のようにパイプか何かを通すことと、地鎮祭みたいなものをするとかなんとか)をしなかった井戸だろうという。
彼女いわく、井戸とは記憶を持つものらしい。
その井戸の埋め立てられた時の記憶を追想していたね、と言われた。
「井戸の底に住んでいたようなものだ。だから体は冷えたし、埋め立てるために周囲を囲んだ人の足音や視線も感じるし、投げ入れられた土の音もきいたのだろう」
そう言われて、すべて納得した。
怖いというより、あれが井戸の記憶だとしたらなんとなく悲しいと思ったのを覚えている。
今その部屋がどうなっているのかはわからない。
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