私が特別変なものを見た、とか聞いたってことでもないんだが、なんか未だに後味のよくない体験だったもんで、話させてもらいます。
あんま怖くないし、長くなるんで読み飛ばしていただいても構わないです。
私がただ話したいだけなので・・・。
一年くらい前のハナシなんだけど、当時私には付き合っている人が居た。
便宜上、仮にYとしとく。
その前日の日から、連休だった事もあって私はYのマンションで二人きりの宅飲みをし、バカ騒ぎをしながらそのまま泊まりこんだ。
そして私が朝、目を覚ますと隣で寝ていたはずのYが何故かいない。
ふと机の上を見ると、チラシの裏に急いで書いたような書き置きがあった。
細かい内容は覚えていないが、どうも休み明けまでに纏めなきゃならない書類を忘れたので会社に取りに戻る。
それから、適当にある物を食べていい事と、昼までには戻るってな感じの事が書かれていた。
時計を見ると、丁度昼。
外は曇りなのか雨なのか、窓から入る光は鈍く暗かった事を妙に記憶してる。
そのときの私は少し空腹ではあったが、書き置きの文面どおりならそろそろ帰ってくる頃だろう。
Yが帰ってきてから一緒に食事をとろうと思い、私はYを待った。
テレビを見ながらダレていると、携帯に着信が。
Yからのメールだった。
も う す ぐ だ よ
ま っ て て
いつもはちょっと長ったらしくて絵文字を多用したメールを寄越すYだが、そのときの内容は完全にこれだけだった。
よっぽど急いでいたのか。
あるいは電車の中にいて、携帯を出しているのに引け目を感じてたった数文字だけでメールを送信したのかもしれない。
私は小心者のYなら有り得るな、などと思いながら少し笑った。
一通目から10分程度経った時、二通目の着信があった。
き た よ
ホントそれだけだった。
そういやYは長くて絵文字いっぱいの文章だけでなく、小難しい漢字が好きで、ひらがなばっかのメールってのも珍しかった。それに、急いでるにしたって自分ちに帰るのに「来る」って表現になんかズレたモノを感じた。
ちょっと違和感があったんだよ。
一通目もそうだったけど、無駄な字間があったし。
それに、もう着いてるならメールなんか寄越さず早く上がってくればいいだろ?
まぁそんなの些細なことだったし、私は軽く”じゃあ待ってるから”的な返信をしてYを待った。
そしたら三通目だよ。
ご め ん
あ け て
私は鍵でも忘れて上まで入れなくなったのかと思った。
言い忘れたが、Yのマンションは1階の玄関にロックがかかるシステムになっていて、自宅の鍵で開けるか、インターホンで住人に開けて貰わないと入れない。
少し抜けたところのあるYは忘れ物などしょっちゅうだ。
でも、それならばインターホンで私を呼び、開けてくれと言えばいいのに、なぜ・・・。
徐々に大きくなる違和感。
玄関口に立っているのは、もしかしてYではないのかもしれないと感じ始めていた。
せめて、一階でインターホンさえ押してくれれば顔を確認できるのに。
オートロックのシステムには防犯のため、インターホンにカメラが付いている。
そしてそれは、これまた防犯のためか、呼び出されないと部屋からでは起動できなかった。
私は念のため、「鍵忘れたの?」と返信を試みた。
もしホントにYだったなら随分意地の悪い返事だなと思いはしたが、不安だったんだ。
ご め ん
あ け て
四通目。駄目だ、これはもう変な人かもしれない。
でも受信されてきた登録名はYの名だ。
Yのイタズラ説も頭をよぎりはしたが、どう考えてもYらしくない。
頭がぐるぐるした。
変質者なら開けてはならないが、このマンションの他の住人が帰ってくるなりして入り口を開けてしまえば入られてしまう。
どうすればいい?警察に通報?でも何事もなかったらただ恥かきなだけだし、住人であるYにも悪い。
2、3分か、それとももっと経っていただろうか。
返事も行動も出来ず迷っている私の耳に、インターホンの音が届いた。
部屋の入り口からだった。1階からではなく。
チャイムの音が違うからすぐにわかるのだ。
来た。誰かが。出なくてはならない。
私は硬直していた。
五通目のメールは着ていない。
鍵が開く音がした。
扉が開く。
玄関からまっすぐの廊下から部屋のドアはよく見えた。
Yだった。
どうして開けてくれなかったの?訊かれた言葉に閉口している私に、Yは少し怒っているようだった。
インターホン鳴らしたのに。
・・・どうしたの?変なテレビでも見た?よっぽど私は蒼白な顔でもしていたんだろう。
Yは私の顔をのぞき込んで笑った。
そのあと、案の定食事を食べていなかったYと一緒に遅い朝食をとったが、あまり喉を通らなかった。
私は妙なメールについてYに訊いたが、Yは知らないと言う。私は少し不機嫌になり、証拠だと言わんばかりにメールを見せようと携帯を開いた。
不思議なことにメールはいくら探しても見つからなかった。
Yは脅かすつもりならもっとマシな話しにしろと笑ったが、私にとっては冗談じゃなかった。
そしてYは、そういえば一階に見かけない女が居たっけ。とぼそりと言った。
あれきり、私はYのマンションには何となく近づけなくなり、Yとも少しずつ疎遠になって今では会っていません。
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