黒い糸

夏だからこの時期の話をする。
大学時代ちょっとマニアックな専攻だったんで多少マニアックな言葉が出てしまうかもしれない。すまんこ。
一応砕けた形では書く。

数年前、俺は某国公立大でテキスタイルデザイン(布地とか染色、繊維素材の勉強)やってた。
特に俺は機織り(鶴の恩返しのあれの洋物版)が大好きで、織りの課題ともなると染めやプリントよりもずっと熱中して作業が出来たし、作品へのこだわりもそいつらより明らかに強かった。

自然と課題制作には時間がかかって、締め切りともなると連日テキスタイル実習室に泊り込むことが多かった。
友達は皆クーラーが効いてない蚊だらけの部屋で作業するのを嫌がって、遅くても22時頃には帰ってしまうから、深夜から助手のおねえさんが来る朝8時くらいにかけては大体俺一人で作業していた。

3回生の前期末、やっぱり俺は泊り込んでいた。
教室の中でもひときわ大きい、一番奥にある機にはPCが繋いであって、海外の織り専用のソフトを使って手作業では不可能な変わった織り方をすることが出来るようになってるんだが、その時俺はその機を使っていた。

午前1時過ぎくらいだろうか、さすがに眠くなってきたから2時間ちょい程度仮眠しようと思って、携帯のアラームを3時にセットして床に布をしいて糸を詰め込んだ袋を枕にごろ寝した。
(なんせテキスタイル実習室なもんで、先輩が放置していった要らない布や糸が山ほどある)

暑さと精密作業で疲れていたせいかすぐに眠れた俺は、携帯のアラームが鳴る3分前にバッチリ目が覚めた。
つってもまだモチベーションは戻ってなかったから、準備運動したり、顔を磨いたり、繋いだPCでエロ動画見たりちょっと下半身露出したりしてリフレッシュし、さあやるか!と気合を入れて機に向かった。

んだがそこに架かってる見慣れた「作品」の色使いが、なぜかかなり暗く変化していて、思わず「はぁ…?」と声を出してしまった。
そして、なにかあったのかと慌てて駆け寄って間近で見て、更にビックリした。

今まで織った数メートルの織物に、なんだか分からない黒い糸のような者がいっぱい織り込まれている。
毛足の長い素材なんか使ってないし、なにより俺は黒を使ってない。

夜中のハイテンションで豪胆になってた俺は、そいつを引っ張り出してみた。
それは比較的硬くて太く、縮れていてなんだか正直…陰毛っぽかった。
陰毛なら良かった。間抜けさで恐怖心もちょっとはまぎれる。しかし、かなり長くて引っ張り出せないものがある所を見ると、これは髪の毛のようだった。
陰毛のような凄い癖毛で、ひどく痛んでるのかぶちぶち切れる。

そこで初めてゾッとした。こんなことできるわけがない。毛は横糸として織り込まれているんじゃなかった。
縦糸と縦糸の間に、挟まれる形で毛は入っている。
俺の作品は横糸がギッチリ固く詰め込まれていて織りあがった織物に、縦方向に繊維を挿入するのは繊維の柔軟性やもろさから考えて不可能だ。
絶対に不可能だ。
なんなんだこれは。

怖いのと、どうすればいいのか分からないのとでパニックになった俺は、ひたすらそれを毟り取っていった。
完全に抜け切らず、ぶちぶちと切れる髪の毛が床に散り、作品に食い込んでる分も必死に取ろうとした。

その瞬間、手にかなりの痛みが走って思わず両手を見た。
俺の両手のひらに、蚯蚓腫れが出来て、所々黒いものが縫い目のように出ている。
今、俺が引っこ抜いてた、あの髪の毛で。

そこからはもうパニックだった。
見回りの警備員さんの巡回を待たずに外に飛び出して、情けない話だが泣きながら真っ暗な学校中を走り回って探した。だだっ広い敷地内で、その上巡回ルートを知らない俺はついに警備員さんとめぐり合うことはなく気が付いた時には他学部の棟の入り口でガタガタ震えていた。
既に夜は明け始め、光に気が付いたセミがわんわん鳴きだしていた。

どうしても実習室に入れないでいた俺は、助手のおねえさんが来るのを待ち、とりあえず説明はおいておいて(信じてもらえるはずもないだろうし)中を見てもらった。
特に異常はないよ、と言われて恐る恐る機を見ると、確かにそこには見慣れた作品が、異常なく架かっていた。
が、俺の手のひらは相変わらずズキズキと痛いし、あの毛も相変わらず半透明な皮の下に食い込んでいる。

彼女にあんまりカッコ悪いところも見せたくなかったので、手のことは隠した。
(当時ちょっと好きだったのだ)
その足で下宿へ帰って、自分で皮を切り、毛抜きで毛を引っ張り出した。

両手のひらから出てた毛は合計30㎝ほどにもなり、普通に捨てるのも怖かった俺は、近くの大きな用水路にそいつを焼いて流した。あとは野となれ山となれだった。
別にその後は何もなかったし、手の傷もしばらくして治った。

何が一番嫌だったって、歳のはなれた弟が、似たような目に遭っていたのが一番効いた。
弟も俺も霊感はない。というかアンチ心霊派(しかしオカルトは好き)なのだ。
今会社でミリナリー(帽子とか頭につける服飾品全般)を担当してるから嫌でも思い出す、俺の大学時代の黒歴史的な思い出です。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?221

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする