木目さん

昔、うちの便所はボットンだった。
タイルの床に磨かれた木に囲まれた便所。屈むと目の前に木目があった。
ちょうど目の高さになる木目、縦に長い木目が並んで二個、その下に真ん丸い木目が一つ。
それがこの話の主人公だ。

ある朝、早く学校に行かないといけないのに、その日に限ってう○こが出ない。
学校の便所でう○こをする=明日からあだ名は「う○こマン」
それだけは避けたいので、力一杯踏ん張っていると、
「おいおい、大丈夫か?」
? どこからともなく声が聞こえた。

トイレの外で誰か待っているのかと思って
「ごめん、まだ時間掛かるかも。」
と言ったが、返事はない。

そんなこと言っている場合じゃない。
もう一回踏ん張ると
「これ、痔になるぞ。」
声は目の前からした。

木目? 前から目と口に見えてた木目のコレ?
「落ち着いて踏ん張れ。」
木目がしゃべった!? それよりも遅刻、もしくはう○こマンになるのは嫌なので、木目のアドバイス通り一呼吸置いて踏ん張った。
すると不思議なくらいスルスルと出てきた。
もう遅刻寸前だったので、とりあえず木目にありがとう!と一声掛けると尻を拭いて急いで出た。

学校に着いて落ち着いてからよく考えると、この体験が不思議なことだ、と認識した。
学校が終わるとすぐに家に帰り、トイレに入った。座り込んで木目とにらめっこしたが、木目はうんともすんとも言わない。
寝ぼけていたのかな? その日は何事もなく、夜、木目がいきなり声を出して怖がらせるようなこともなかった。

そして何日か経ったある朝。
やっぱりう○こが出なくて踏ん張っていると、また木目がしゃべった。
「また詰まったのか?」
うん、出ない。どうしたらいい? 木目さん。
いつの間にか自分でも「木目さん」と呼んでいた。

木目さんは
「落ち着け。ゆっくり息を吸って、息を止めた時に踏ん張るんだ。」
と優しく教えてくれた。ちょっとダンディな声だったのを覚えている。

その日から何回か木目さんと朝話しをすることがあった。
学校のこと、友達のこと、学校のトイレのこと等…木目さんは優しく「うん、うん」と聞いてくれた。
家族は自分のトイレの長いことに腹を立てていたが、自分は木目さんと話す貴重な時間を邪魔されたくないので、ちゃんと朝早く起き、自分で仕度をしてからトイレに篭った。

小学校高学年になり、中学生になる頃には木目さんとはあまり話をしなくなった。
そして高校生になり、家を新築した。もちろん便所は水洗でお洒落な壁紙が貼ってある。
社会人になり出勤前に便所に入り、ふと木目さんのことを思い出した。
今でもきっと木目さんはどこかの便所で、出なくて困っている子供を優しく見守っているのかもしれない、と。

不可解な体験、謎な話~enigma~ 55

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする