失くした時計

先輩(山男)から聞いた話で、格調高くないし、前置き長くてあまり怖くないんだけど今年最後の投下

ある山に登って、予定通り休憩したときのこと。
去年の今頃も、この山に登ってやっぱりその場所で休憩した。
そこで先輩は飯を食って、たぶん去年も座ったであろう石に腰掛け、一服した。

そう言えば去年もこの山に登ったときに、腕時計を失くしたんだった。
バンドに亀裂が入っていたから切れたんだろう。
下山したときには、もう腕になかった。
荷物を下ろしたときに引っかけて切れたのかもしれない。
荷物を下ろしたのは、休憩したとき・・・もしかしたら・・・。

ちょうど腕にしている時計の時報が鳴った。去年失くしたのの代わりに買ったやつ。
するとそれに応えるようにして、小さな聞き覚えのあるアラームが聞こえた。
音の方を覗くとバンドが切れた腕時計が石の脇にあるブッシュの根本に。

w(゚o゚)w ヘェー!! 目を丸くした私たちに、
「まあ同じ人間が、だいたい同じ天気のときに同じ山を同じルートで登れば、休憩する場所だって限られてるし、おのずと同じとこになるもんだ。電池さえ切れなければね。はじめからちょっと予想していたんだけどね」と先輩は笑っていた。
ただ誰かに拾われることもなく1年間アラームを鳴らし続け、俺を待っていた時計が、なんだかとても愛いヤツだと思ったのだと。

自宅に帰って、バンド交換をそのうちしようと、先輩はその時計を机の上に置いといた。
その夜から、妙に部屋が寒いんだそうだ。
関東首都圏で初夏だから、夜でもそんなに冷え込む訳はない。
なのに夜中、寒さで目がさめる。ひんやりと露がおりてくるような冷気。
まるで山の空気だったという。毛布をひっかぶって寝たそうだ。

数日間そんな状態で、ある夜なんか目がさめたら部屋に靄が立ちこめていたこともあったらしい。
そしてふと、家に帰って以来、山で持ち帰ってきた腕時計の時報を聞いていないことに気がついた。

見ると、腕時計は中に露がびっしり入り、錆びついてて、とても動くような状態じゃなかったのだそうだ。
「山で拾ったときは、そんなこと気づかなかったな、文字盤なんかろくに見なかったし」と言ってた。
まさかねえ。地上に戻ってきたら気圧や温湿度の関係で中の水がどうにかなって、急に錆が湧いて壊れたんだろう、とも。

結局先輩は、その時計を不燃物のゴミの日に出してしまった。
そうしたらすぐに元通りの暑さが部屋に戻ってきたそうだ。
先輩曰く
「だって動かないし、部屋寒いの困るし、新しいのあるからね」

これを聞いた同僚(♀)の「ああやっぱ山男には惚れちゃいけないって本当なんだ」って言葉が印象的だった。
今でもこの腕時計は先輩を待って、どこかのゴミ埋め立て地でアラームを鳴らし続けているかもしれない。

山にまつわる怖い話48

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