人を斬る

うちの祖父ちゃんは、もう亡くなったけど、医者で太平洋戦争の時は、若かったから(24歳くらい?)「軍医」というわけではなかったけど、従軍して東南アジア(のほう)に行ったらしい。
もちろん、おもな仕事は兵隊の健康管理や、負傷兵の治療で、「少ない医者だったから、みんな大切にしてくれたよ(本人談)」

俺はじいちゃんに可愛がられてたから、戦争の話とか、戦争に行く前の田舎での話とか、いろんな話をしてくれた。
ほとんどは、ローティーンを楽しませるような、冒険話とか、東南アジアでの土産話みたいな話だったけど、、その中には、あんまり笑えないような、怖い話もあった。

俺は中学生の時、剣道部に所属していた。
その剣道部の顧問が、けっこう強烈な人で、部員には「真剣で相手斬り殺すつもりでいけ」って口癖みたいに言ってた。
だから、当時の俺もけっこう影響受けて「試合で相手を斬り殺す」みたいなこと言ってた時期があった。
そんな話を祖父ちゃんにしたとき、祖父ちゃんが俺に話してくれたこと。

祖父ちゃんが太平洋戦争で南方に行って、2,3年した、終戦が近い頃になると、それまでとは違った、若い兵隊が南方に来るようになったって。
その中に、ミズカミっていう兵隊がいた。

ミズカミさんは、祖父ちゃん達がいた陣地の、守備にあたる部隊にに配置されて、陣地の近くにいる時間が長かったぶん、祖父ちゃんと親しくなった。
もっとも、祖父ちゃん曰く「祖父ちゃんが南にいってしばらくした頃には、連合軍の反撃で、どんどん撤退してたんだ。 
だから、部隊の全部が守備隊みたいなもんで、出撃とかはほとんどなかったな」らしいので、ミズカミさんと祖父ちゃんが仲良くなったのは、他に理由があったのかもしれない。

ミズカミさんは、実家から持ってきた本物の日本刀を持ってた。
将校や指揮官が飾りで軍刀を持ってたりするのとは違って、ミズカミさんは、「人を斬る」つもりで、その日本刀を持ってたって。 
刀も太刀じゃなく、小太刀ほどでないにしても、少し小振りな刀で、片手でも十分に振るえるものだったって。
ミズカミさんは、兵学校での剣術の成績が抜群によくて、特別に持つことを許されてたらしい。

でも、白兵戦なんて、めったに無く、銃剣でさえ着装しないのに、日本刀を使う機会なんて、まず考えられなかったって。
祖父ちゃんが、そのことを仲良くなったミズカミさんに聞くと、ミズカミさんは、自分の剣術が父親から教えられたものだと言った。
それも、精神鍛錬や身体訓練が前提ではない、戦場で相手を殺傷するための技術として、ミズカミさんはそれを習ったという。

「ミズカミの家は、大名のとこで剣術を教える家系で、徳川さんが終わって、天皇陛下の時代になった途端、失業したんだな。もう、あの頃は、明治維新や西郷さんの西南戦争から50年以上たってて、『刀』で戦争をするなんて昔話さ。 だけど、ミズカミの周りはそうじゃなかったんだな」って祖父ちゃんは言ってた。

ミズカミさんは、自分が父親から習ったゴシキナイ(ミズカミさんは、自分の剣術を「ゴシキナイ」って呼んでたらしい)を実際に使って、敵兵を斬ることを心底望んでいるようだった。
でも、その機会はなかなか来なかった。
基本的に撤退が中心の作戦だし、敵の飛行機から機銃掃射されてたんじゃ、刀で戦う機会なんてあるわけなかった。

そんな中、陣地からそう離れていない場所に米軍の飛行機が落ちた。
祖父ちゃん達のいる陣地に散々機銃掃射をした帰りの墜落だった。
陣地では死人や重傷者が何人も出て、祖父ちゃんは手当で忙しくて、それどころじゃなかったみたいだけど、陣地から何人かが墜落場所の確認に行った。
飛行機は運良く森の中の池に墜落していて、米兵が一人失神した状態で見つかった。

陣地に連れてこられた米兵は、三十歳くらいの大柄な男だった。
自分の置かれた状況がすぐにわかったらしく、顔は青ざめたままだった。

「その時初めて白人を間近でみたけどな、肌が白くても、やっぱり青ざめるっていうのはあるんだな。 飛行機に乗って、顔もわからない人間を撃ち殺しているうちは何とも思わなくても、自分がその死体の前に立てば、どれだけ酷いことをしたのか、わかるもんだ」って祖父ちゃんは言った。

米兵は捕虜になることはなく、陣地で処刑されることになった。
その時、声をあげたのがミズカミさんだった。
「こいつは、仲間を撃ち殺した罪人だ。銃殺ではなく、斬首にすべきだ」って。

仲間がたくさん殺され、殺した相手が自分たちの目の前にいる状況では、反対する者はいなかった。むしろ、それが当然なんだっていう雰囲気だったって。
今まで、何度も陣地に機銃掃射を浴びせた沢山の敵軍機に対する怒りが、その米兵一人にそそがれてるようなかたちになったって。
指揮官の命令で、陣地の中心に祖父ちゃんを含めた全員が集まり、その中で米兵の処刑が行われることになった。 

5人で暴れる米兵を押さえつけ、ミズカミさんがあの刀を使って、斬首することになった。 ミズカミさんは冷静だった。 
興奮するでもなく、刀を振るって練習するでもなく、鞘におさめた刀を持って、米兵の前に立った。
祖父ちゃんは「首が斬られるとこなんて見たくなかったよ。 でもミズカミのな、その姿を見たら、何でだろうな…、目が離せなくなったよ」って。

指揮官が合図を出すと、ミズカミさんが刀を抜き、米兵の首に振り下ろした。

米兵のもの凄い叫び声が上がった。首は落ちなかった。
「暴れたから、首じゃなくて、頭に刃が当たって、頭の肉がそげ落ちるようになった」 
ミズカミさんがもう一度刀を振り下ろすと、今度は刃先が頭蓋骨に潜り込んで、米兵がもっと凄い叫び声を上げた。

ミズカミさんは、頭蓋骨にひっかかった刃先をこじるようにして外すと、もう一度刀を振りかぶった。
その時、米兵が押さえつけていた5人をはねのけて、両手を縛られた状態でよたよたと走り出した。 
英語で何か言ってるみたいだけど、それが言葉なのかもわからないような、ろれつがまわらない状態で、叫びながら走った。

ミズカミさんはそれを追いかけてゆき、米兵の正面に回り込んで立つと
「刀を脇にためて、一気に突き出して、米兵の胸に突き立てた」
米兵は、血を吐き出し、痙攣しながらあおむけに倒れた。
ミズカミさんは、胸から刀を抜くと、米兵の頭を踏みながら、刀を横にはらってノドを斬った。

誰も声をあげられなかった。
ミズカミさんだけが、何もなかったように、動かなくなった米兵から離れると指揮官に一礼し、その場を離れた。
祖父ちゃんは、怪我人の手当が一段落してから、ミズカミさんと話をした。

ミズカミさんは、
「自分が今まで積み重ねてきたことが、やっと現実につながりました。一度で首を切り落とせなかったことは、父が自分に話したとおりです。人間を斬り殺すことは、簡単ではありませんが、積み重ねた鍛錬がそれを可能にするのです。鍛錬した技の中から、ギリギリであの技を絞り出し、自分は成し遂げたんです」
と話をした。

祖父ちゃんは
「ミズカミは『すごいことをした』って満足そうに話をするんだ。だけど、やったことは、怯えた人間を、斬り殺しただけなんだよ。ミズカミが、それまで祖父ちゃんに話していたのは、人と斬り合ったり、戦う相手を斬り倒す剣術だったのにな…。ミズカミが何を『成し遂げた』のかは、聞けなかったな」

祖父ちゃんは、ここまで俺に話してから「昔の話だけど、人をな、『斬り殺す』ってことはな、ここまでのことなんだ」って言った。
祖父ちゃんは、多分、俺が「相手を斬り殺す」みたいなことを言ってるのをたしなめたかったんだろうし、止めさせたかったんだと思うけど、そういうことは言わなかった。

ミズカミさんが、それからどうなったのか、聞いてみたい気もしたけど、なんか聞かないほうがいい気がして、その時は、聞かなかったよ。

ほんのりと怖い話36

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