先日亡くなった、友人Aの話。
当時小学生だったAの父方のお祖母さんが亡くなった時、叔父さんが骨壷を持って逃げた。
すぐに捕まったらしいが、「どうしても欲しくなって、気がついたら抱えて走っていた」と言ったそうだ。
母親の遺骨を形見に欲しいというんじゃない、骨壷の入った袋を抱えて連れ戻された叔父の姿は、それまでの彼とは別人のようだったらしい。
明るくよく笑う人だったのに、つい数時間前に式場で話した時とは明らかに顔色が変質していたんだと。
それから数年が経ち、3年前Aの叔父は事故で亡くなった。
件の日から徐々にやつれていった彼は、運転中に貧血を起こしたのか運転を誤ったようだ。
そして叔父の葬儀の後で、やけに青ざめて顔色の悪いAが俺の家に来て前述の出来事を話してくれた。
俺はそれがお前とどう関係があるんだ、と嫌な予感を覚えながら訊いた。
するとAは目をあちこちに彷徨わせながら、ポケットから歪な赤茶けた塊を出した。
大部分は黄色がかった白で、ところどころに赤茶が散ったそれはかすかに異様な臭いを放っていた。
Aは、泣きそうに震えた声で「叔父さんの骨、取ってきた…」と告白した。
本人もよく分らない衝動だったそうで、骨壷から取ってきた一欠けらの骨をAは掌で明らかに持て余していた。
なのに、絶対に手放そうとはしない。
それどころか、定まらない視線で骨を見てはどうも咽喉を鳴らしている。
Aはずっと理解できなかった叔父の奇行の意味が今なら解かる気がすると、とうとう泣きながら呟いた。
「これを、食べたい。食べたくて食べたくてしょうがない。気持ち悪いのに」
どう見ても尋常ではなかったから、俺は慌ててAの手から骨を引っ手繰り「しっかりしてくれ」と怒鳴った。
でもAは子供みたいに頭を振って泣き、俺から骨を取り戻そうとする。
普段はのんびりとして運動神経もそれほどよくないAが、涙で汚れた顔を歪めて飛びかかってくるなんて思ってもみなかった。
呆気に取られて突っ立っていた俺から骨を取り戻すと、Aは急に正気の顔に戻って何度も謝ってきた。
Aの豹変には驚いたが、可哀想なくらいの動揺ぶりに俺は構わないと答えた。
むしろ悲しかった。優しい、おっとりとした奴だったのにと。
気の利いたことは何も浮かばず、折りをみて返すようにとだけ言ってその日は別れた。
それからはなんとなく会うことも少なくなり、気にはしていても連絡をとるには至らなかった。
だけど、Aは亡くなった。
叔父と同じく、あの日を境にどんどん衰弱していった末に電車を待っている時にホームへ転落してしまったそうだ。
散々に後悔しつつ葬式には出た。
後日、後悔に耐えきれず、Aのお兄さんに生前打ち明けられたことを話した時に、今回逃げ出したのはAのいとこの小学生の女の子だったと聞いた。
彼女はただ無邪気に「欲しかったの」と笑ったそうだ。
こんなことって、そうあるもんだろうか。
ほんのりと怖い話50