俺が測量会社に入って2年目、もう会社の業務にも慣れ、一通り業務をこなせる出来るくらいになった頃だった。その時の恐怖体験を語ろうと思う。
測量会社は単に街の測量だけをやっているわけではない。
河川の測量、農地の測量、そして森林の測量など多岐にわたる。
我が社はN県という森林の多い土地柄、森林に関わる業務が多い。
だから山に登ることやノウハウはある程度免疫があったし、その頃には業務箇所の図面さえ頭に入っていれば、図面が無くても方角などは分かるようになっていた。
その夏はとても蒸し暑く、各所で最高気温の更新が続いた夏だった。
俺はN町の森林で先輩2人と森林の面積を測るため、測量に来ていた。
その山はヒノキやスギといった針葉樹が多く昼間でもうっそうとした暗い森が続いていた。
そして極め付けが笹だ。
熊笹と呼ばれる葉が大きく茎も太く長い、厄介者が下層を占めていた。
これは仕事としては大変な現場になると3人とも確信していた。
3日で終わらない。
2日目のことだった。
ポータブルのGPSを持ち昨日の業務を続けるためポイントへと登り始めた。
そのポイントまでは歩いて30分程かかる。
10分程たった頃、俺は腹痛で限界を迎えつつあった。
我慢できず、先輩に声をかけ、事情を話し先に行ってくれとの旨を伝えた。
俺はGPSを持っていなかったが、昨日の帰りに付けていった目印テープで目的に場所には辿り着ける。
俺はいつものことながら特になにかを心配してはいなかった。
用を足し、その場から離れ目印の目印テープを探した。
あれ・・・。
用を足す前に一瞥し確認した、スギの目印テープが無くなっていた。
不思議に思い別の木を見渡したが無い。
おかしいと思い次のテープを探そうと尾根を登っていった。
しかし、次のテープも無い、見つけられない。あるはずのものが無いと人間急に不安が襲ってくる。
しかし、昨日降りて歩いた道なので、その記憶を頼りに登り始めた。
少し登った時だった、茂る笹の間から細い脚が見えた。
あれ?と思ったが背丈もある笹のためもう少し登ると驚いた。
子供が立っていた。
ボロボロの着物、これはもう江戸時代の農村の子供を彷彿とさせるような茶色の布着れをまとっただけ、そしてわらで出来た帽子のようなものを被り、顔に狐のお面を付けていた。
俺は腰を抜かし、笹藪に尻餅をついてしまった。
声も出ず固まった俺に近寄ってきた。
というかスーっと動いたという表現が正しい。
そして、俺の顔の真ん前まで自分の顔を近づけ「ほいだらな、帰れんようしてやるからの」と言った。
その瞬間、俺の毛という毛が逆立った。
芯から恐怖をしている、そんな感じだった。
その子供は消えるわけでなくそのまま俺の後方にスーっと去っていった。
山に登る時スマホを持っていなかった俺は先輩に連絡も取れず、少しの時間その場にへたり込んでいた。
そうこうもしておれず、とにかく先輩たちと合流するため笹をかき分けるよう必死に登った。
その時また俺の耳元であの声がした。
「ほいだらな、帰れんようにしてやるからの」・・・
そこからは無我夢中だった。
いる!確かに俺の後ろ、背中のすぐにあれがいる!
そのまとわり付かれる恐怖で頭が真っ白になりそうだった。
必死に登っている最中も耳元で「ほいだらな、帰れんようにしてやるからの」何度も言われた。
目印テープなんて探そうともせず、その声から逃げるために必死に本能のまま登った。
しかし、その気配は常に後ろにあり本能が後ろを見るなと警告していた。
昨日帰り道に見た大きなトウヒが見えた瞬間俺は最後の体力を使いきり、ポイントに到着。
無事先輩と合流できた。
俺がなぜ遅かったのか、先輩は息を切らして青ざめた俺の顔を見てよからぬことがあったことを察してくれた。
もう俺の背後に気配はなく声も聞こえなくなっていた。
もう帰りたい気持ちで一杯だったが、先輩たちのメンツもあるためなんとか夕方まで頑張れた。
日が落ち始め山間部は薄暗くなったころ俺たちはなんとか人家に近いふもとまで測量をしながら下りてくることが出来た。
帰り支度をしている時ふと田んぼに人影があった。
・・・!あれだった、あれが付いてきた!あれの方向に指をさし先輩を呼んだ、その瞬間あれはまたスーッと去っていった。
その日の帰りがけ、下っ端の俺が運転する車はトラックとの衝突事故に巻き込まれた。
車は大破し先輩二人は重症を負いながらも命に別状はなかった。
一人を除いては。
事故のほんの少し前、「なぜ・・・」と言った理由。
あの子供の様なものが憑いてきたのか、本人がいない今もうわからない。
とにかくあいつの話した恐怖体験は今でも鮮明に覚えている。
あいつの目線で書いてみたが、読みにくかったらすまん。
山にまつわる怖い話76