私の釣りの師匠が若い頃に源流の岩魚を求め、初めての沢を単独遡行した時の話です。
高巻き(そのまま沢伝いに遡行できない時にする迂回)をしたところ、斜面を登ったところの藪中に頑丈で重そうな木の蓋をされた井戸を見付けたそうです。
いささか疲れていた彼は井戸の蓋に腰掛けて一休み。
握り飯を食べ、良い気分で得意な(私はそうは思いませんが)歌を歌って暫く一人楽しんだ後、帰り道の目印を近くの枝に結んで遡行に戻りました。
辿り付いた源流で良型の岩魚を多数釣り上げた帰り道、彼が井戸のところまで戻ると何故か分厚い蓋がずれて井戸の口が一尺ばかりのぞいています。
周囲に民家はおろか、通り道やその痕跡すらありません。
沢に先行者がいると解っているのに後を追ってくる釣り人は居る訳ありませんから人の仕業であるはずもなく、動物の仕業としても藪にその痕跡が無いのは不自然です。
藪に残る大きな生き物の痕跡は彼のものだけでした。
そもそも、何故そんなところに井戸が掘られているのか?
と言うか、本当にそれは井戸なのか。
急に怖くなった彼は蓋の上に岩魚を何匹も置いて急いで下山し、以来、その沢には行っていないそうです。
源流の単独遡行は危険であるのですべきではありません。
が、遭難や滑落の他にも人知外の危険があるのかもしれません。
山にまつわる怖い話6