●◯×

他人に話して怖いか怖くないか正直わからないが、ここ最近体験した、少し怖くて不可解な話をさせて欲しい。
少し長くなるので、時間がある人は読んで欲しい。

俺はマッサージ、その中でもタイ古式マッサージが好きで、疲れが溜まったり、スッキリしたいと思うと、よく足を運んでいた。

行った事ない人にどういったものか説明すると、指圧と言うより、ストレッチに近いマッサージだと思って欲しい。
二人一組でやるパートナーストレッチみたいなものだ。

加えて特徴としては、熟年のタイ人女性が施術師である事がほとんどで多くの場合、「抜き」が付いている事が多い。
当然マッサージとしては割高ではあるが、身体の疲れと共に性欲も解消出来るのが肝だ。

話は脱線してしまったが、その日も俺は総武線O駅近辺のタイ古式マッサージ店へ行くべく、足を向かわせていた。
(新宿駅に程近いO駅は激安タイ古式店の激戦区だったりする)

気分的に既存店を試すより新規店を開拓したい気持ちが強く、今まで行ったことのない、駅に程近い雑居ビルの店舗に入ることにした。

中はこの手の店舗にありがちな薄暗さと、心無しかキツいお香の匂いがした。
他に印象に残っているものとしたら、その手の像の多さだ。
タイ人のほとんどは熱心な仏教徒で、当然タイ古式マッサージの店も宗教的な趣向のある店舗が多い。

ただその店は特に(詳しくはよく知らないが)仏教の神々を象る像が多く感じた。
……異国情緒というよりは少し不気味に感じるくらいに。

「キョウハナンフンコースニシマスカ」

たどたどしい日本語で会話をするタイ人女性。
目はくりっとしていて、肌は自然なこげ茶色。この手の店にしては少し若い以外、極めてふつーの女の子だった。

俺は女の子の若さに少し胸を高鳴らせつつ、120分のコースを選択した。
タイ人女性は少し思案した後

「マッサージノアト、アサマデカミンシテキマスカ?」

終電を逃すことを考えてくれたのだろう。
タイ古式マッサージ店では、こういった有難い申し出も珍しくない。それだけ寛容なのだ。
時間的に終電ギリギリであったし、週末で疲れも溜まってた事もあり、俺はその申し出を受けた。

マッサージの内容は特に書く事がないくらい、ふつーなものだった。
最初は健全を装い、徐々に下半身のタッチが増え、最後は手で抜いてもらう。
いつもの流れだけれど、不満は残らないようなクオリティだった。

「コレデオワリデス。ユックリヤスンデイッテクダサイ」

タイ人女性が頭を下げ、部屋を出て行く。
俺は大きく伸びをして、疲れが取れて逆に気怠くなった身体で横になった。
すぐにまどろんで、眠りに落ちて行く。タイ古式の後の疲労感は本当に気持ちが良い。

しばらくして目が覚めた。
何か物音がしたわけでもなく、フッと目が覚めた。
……今思うとその時間(空間?)が異常だったんだと思う。

「オニイサン、ナカハイッテイイデスカ」

目が起きてすぐ部屋(正確に言うとカーテンの外)から声がした。
さっきの人とは違う声。抑揚がなく無機質な声音だった。ただ不思議とどこかで聞いたことあるような声でもあった。

目を開けると、部屋の中はさっきまでいた部屋とは思えないほど、暗くなっている。
自分が目を開けているか、閉じているかわからなくなるような暗さだ。
(寝る事に配慮してくれたのかな)
何で部屋に入ってくるのか、イマイチよくわからなかったが、またマッサージをしてくれる分には、悪い話じゃない。

「どうぞ」

俺は快く受け入れることにした。

「アリガトウ。オニイサン、●◯×?」
「え?もう一回言ってよ」

最後の方が聞き取れず、思わず聞き返してしまう。
タイ語なのか、何なのか今まで聞いたことのない言葉だった。

「●◯×?」
「だからわからないって!」
「●◯×?」
「いいから早くするならしてよ」

何度聞いても分かり易く話してくれない。
眠気も相まって、つい少し声を荒げてしまう。

「……ソウ、ソウ。アリガトウ」

抑揚のない声が気のせいか少し笑った気がした。
声を荒げてる相手に笑うって、、少し不気味に感じた。
でも半分寝ているような頭では、そこから突っかかる気にはなれなかった。

不意に冷たい手が俺の背中に触れた。マッサージが始まるのか、とボンヤリと思い始めたら、気付いたら意識が飛んでいた。

その日はそれで終わりだった。
次に目が覚めたら始発が始まっている時間で、俺はいそいそと帰宅した。
多少不気味に感じてはいたが、店員に夜中の話をするのもやめた。
寝ぼけてただけの可能性も、その時は大いにあるように思っていたし。

次にソレと会ったのは、仕事で遅く帰宅した、たぶん金曜日だったと思う。
疲れた身体を癒しにタイ古式に足を運ぼうかとも思ったが、この間の不可解な体験もあって足が向かわなかった。
シャワーを浴び布団に入り、目を瞑ったら一瞬で眠りに落ちたのを、なんとなく覚えている。

夜中に目が覚めた。
俺は眠りが深い方で、特に家で寝る時はほとんど朝まで起きる事はない。
しかも今日は殊更疲れているわけで。だからこの時点で俺は嫌な予感がしていた。
部屋は真っ暗だった。
レースのカーテンからも、普段さしているような光はなく。
あの時と同じ真っ暗闇だった。

「オニイサン、●◯×?」

あの時と同じ声がした。玄関の方からだ。

「●◯×?」

この間と同じ単語を、男とも女とも取れる無機質な言葉で投げかけてくる。

「●◯×?」

今日は自宅にいるはずだった。疲れてまっすぐ帰ったのも覚えている。
なのに何でソレがいるのか。訳がわからず、訳がわからないだけにめちゃくちゃ怖くなってくる。

「オニイサン?」

心なしか声が近づいている気がする。
あの声に答えたらどうなるのか。この間のように朝を迎えられるのか。
それとも……正直どうなるか全く想像がつかない。

(そうだ、スマホ!)
俺は手探りでスマホを探す。自宅で寝ている時、大抵は枕元にあるはずで。
(おし!)
スマホを見つけ、俺は強く握りしめる。
外部への連絡、ライトによる暗闇の打破。急に心強くなってくる。

「●◯×?」

更に声との距離は近くなる。
もはや一刻の猶予もないだろう。
だが、アレが玄関の方向にいる限り、正面突破は出来きない。
だったら、窓から外に出る他なかった。

スマホの明かりをつけ、俺は鍵を開けるため背後の窓を照らす。
そこで俺は信じられないモノを見ちまった。
一瞬だったから今でも見間違いと思いたい。
焦る俺の背後には、口が避けるほどに満面の笑みを浮かべた俺が、真っ暗な窓に映っていた。

その後の事はぼんやりとしか覚えていない。
めちゃくちゃ走って、近所のイートインのあるコンビニに転がり込んで、夜を明かした。
寝てしまったら、またアイツに会ってしまうような気がして、うとうとする事も出来なかった。

すぐに引っ越すわけにも行かず、今は人気の多い満喫や温浴施設で夜を過ごすようにしている。
不便はしているが、今のところ再度アイツに出くわすことにはなっていない。
ただ昨日非通知の電話があったんだ。その電話は一言だけの非常に短いものだった。

『●◯×?』

それでようやく気が付いた。
ずっと聞いてたあの声はありえない事に俺の声だった。
でも、アイツは断じて俺ではなく、得体の知れないナニカなんだ。

と、何だか正体わからず、今に至る。
お祓いとかそういうのにはあまり詳しくないけど
そろそろ色々と限界なので何とかしようとは思っています。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?350

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