人魚職人

家は昔質屋だった、と言ってもじいちゃんが 17歳の頃までだから私は話でしか知らないのだけど結構面白い話を聞けた。

「おぉーい喜一」釣りから帰ったばかりの喜一を店から誰かが呼んだ、この声の主は「トチロウおじさん!?」親父の友人の変人学者だ。

「面白いもん見せてやるよ」シシシと笑いながらおじさんは木箱から何かを取り出した、中から出てきた物に「人魚!?」喜一は大きな声を上げて驚いた、それは大根ほどの大きさで頭は人型、下半身は魚の人魚のミイラだった。

「なーすげーだろ?港町で異人をたまたま助けた礼に貰ったんだ」
何故こんな物を感謝の気持ちにしたのだ?と普通は思うが喜一には大方トチロウがこれを欲しがったのだろうと推測できた。

話しがトチロウの武勇伝に変わろうとすると「で、この紛い物を俺にどーしろって言うんだ」帳簿を書きながらまるでおじさんの話しにも人魚にも興味がない様に親父が言った。

「えっこれ偽物なの?」

喜一が目を開いて親父を見る。

「あたりめぇだろ猿と鯉を繋げた物だ、干物にすれば繋ぎもめだたんからな異人にはこう言った物が売れるんだ」

親父の言葉を確かめる様にトチロウの顔を見上げるとトチロウは肩をすくめて「残念ながら偽物だ、だけどこういう精巧な作り物は俺は芸術だと思うんだよ」とそう言ったが、芸術に興味のない喜一には残念でしかたがなかった。

トチロウは人魚を実家に持って帰ったが気味悪がられ根無し草なトチロウは置き場所に困り結局家へ持ってきたのだった。
「頼むよ、預かっててくれ、気に入ってるから売りたくは無いんだ」
懇願するトチロウに親父は少し考え、人魚を手に鑑定をするかのようにまじまじと見だした。「…おっおい売らないからな」
心配そうにトチロウが言うと親父は変わった条件を出してきた。

「この人魚の職人を調べて見ろよお前好みな事が解るかもしれんぞ、俺も少し興味があるからな、何か解れば話しを聞かせろよ、それが条件だ」

こんな素っ頓狂な取引にトチロウはまじめに腕を組んで考えた「最近は暇だしな…俺好み…」悩むトチロウをよそに親父は人魚を片づけ出す。

「解ったいいだろう、しかし全く何にも無かったら蔵の商品を一つ貰うからな」

そう言い捨てるとトチロウは親父の返事も聞かず店を飛び出して行った。親父の口から「好かん」と言う言葉は出なかった、が親父がこんな事を言うときはかならず何かあると知っていた喜一はトチロウを心配した。

トチロウは港を歩き回り数日後、何とか人魚職人を捜し出した。
雨が降っていても宿も取らずに傘もささずに聞いた住所の家へと直ぐさま足を運ばせた。
が家主は留守、不用心にも鍵がかかっていないのをいい事にトチロウは早速家の中を調べだした、もし見つかりでもしたら大事だと言うのにトチロウの余裕っぷりは場数を物語っていた。

家には細工に使う道具、猿の干物やら薄気味の悪い物が山ほど出てきたがトチロウ好みの謎は見あたらなかった。
それもそのはず、探している本人が何を探せば良いのか解らないのだ。

「ふー」と一息つこうとしたときだった「て…ててめぇ何もんだ」後ろから太い男の声、振り向くとトチロウに庖丁を突きつける男が立っていた。

「少し見ていたが物取りじゃ無さそうだが…せせせ政府の人間か?」

男はトチロウを前に落ち着かない様子

「おいおい俺が政府のお偉いさんに見えるか?それにたかが人魚の偽物ごときで訴える人間もいねぇだろぅ?」

トチロウはまるで刃物が見えていないかの様にへらへらと笑うと、男はトチロウの姿がそんなにひどい物だったのか上から下まで見定めると「見たところ丸腰だな」そう言って庖丁を下ろした。

「じゃあ一体人の家のガギを壊してまでの用ったぁ何だ?」
「鍵?鍵は知らねぇが…ええっと無病息災に効く人魚様を買いに来たのよ」

トチロウの適当な答えに

「ウチは出荷はしてるが売りはやってねぇ、周り近所にも人魚細工の事は言ってない。お前何処かの港町の商人からここを聞いて来たんだろう?何故そこで人魚を買わずこんな町はずれまで来た?第一お前が家を詮索している間から人魚は足下に転がっていただろう?」

また怪しまれ、刃物を前に出された、殺すつもりならとっくに刺していると解っていたトチロウにとって刃物は効果が無かったが、ここに来た理由をどう言えば信じてもらえるのかを首をひねらせて考えていた。

この状況で余裕さえ感じるトチロウの物腰に男の方が内心怯みかけていると「えーっとあれだ、こんな安っぽいのじゃなくて御利益があるいいヤツが欲しかったんだよ」また適当に答えたのだが以外と確信を付いたのか男がピクリと反応した。

トチロウはそれを見逃さなかった「あるんだろう?とっておきのが?」相手の顔色を伺いながら話しを作って行った「聞いたんだよ御利益がある特別な人魚の話しを…」男はトチロウの話しを聞き終える前に庖丁をトチロウに振りかざしたかと思えば、そのままトチロウの後ろへ行き、沢山の人魚細工の中から一匹掴むとそのまま抱えて窓から逃げ出したのだ。

一瞬何が起こったのか解らなかったが慌ててトチロウは後を追った、雨の中どれだけ走ったろうか、男がドロに滑り派手に転んだ、すかさず取り押さえようと男の腕を掴んだとき水溜まりに転げ落ちた人魚細工が跳ねたのだ、まるで喜んでいるかの様に水溜まりの中へ潜って行ったのだ。

トチロウは自分の目を疑ったが直ぐさま横たわる男を飛び越え泥水の中を手探りで探していると「わぁぁぁ」後ろで男の叫び声がした、振り向くと誰もいない…さっきまで男が転がっていたのにどこにもいない、周りはただっ広い畑で隠れようがないのだ。
人魚細工も男も消え、土砂降りの中トチロウただ一人がぽつんと立っていた。

手がかりを無くし、聞き込みも虚しく途方に暮れトチロウは帰って来た。
トチロウの話しをあらかた聞くと「ふーんなるほどな、そいつが俺を呼んでいたのかもなぁ」のんきにキセルをくわえながらそう言う親父に「おい、本物の人魚なのか?どーなんだ?」とトチロウは親父に言い寄った。

「どうと言われてもな、俺はお前の細工物から禍々しい移り香を感じただけだからなぁ、本物だったんじゃねぇのか…」

適当な 親父の答えに不満なのかトチロウはブツブツと考え込んでしまった、親父の中では何か納得出来たのかすでにこの話にはもう興味がない様に「木を隠すなら森の中…人魚を隠すなら……」と一言言うと腰を上げ仕事に戻ってしまった。

「だけどそれじゃあ逆効果じゃねぇのか!?」親父を追う様に席を立ちあーでも無いこーでも無いと、いつもの二人の会話が延々と続いたのだった。

こうしてトチロウの人魚細工の事はすっかり忘れられ、「武者事件」まで人魚細工は蔵で埃をかぶるのだが、その話しはまたの機会に……

不可解な体験、謎な話~enigma~37

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