今は昔。
頃は夏。知合いの田舎へ連れて行ってもらった時の話。
場所は岐阜県。他県と接する山間の村で、今回はちょっと差し障りがあるから
そこまでしか言えない。ごめん。
その村の中を川が流れていた。上流では渓流釣が出来るくらいのきれいな川だ。
途中に、両側に大きな石がありその下が水深2メートル程度の淵になった場所があって、そこが近所の子供たちのお気に入りの場所だった。
今日は朝からそこで遊んでいて、昼からもまたみんなで川遊びをしていた。
みんなは岩の上から淵へ向って勢いよく飛込んで遊んでいる。
弟は、朝一度それに挑戦したのだが、足が底につかなかったのが恐かったらしく、昼からはそっちへ行こうとしない。
で、しょうがないから俺は浮輪を持った弟に付き合い、浅瀬でパシャパシャやっていた。
派手な水音とみんなの喚声をうらやましく思い、そっちへ目をやった時の事だ。
水の中に見慣れない子供が一人、みんなから少し離れて頭を出していた。
俺たちも地元じゃないが、1週間もいれば人の顔ぐらい覚えている。
そのイソノワカメのような頭をした子には全然見覚えがなかった。
その子供がふっと俺たちの方を向き、こっちへ泳ぎ始める。
泳ぐと言うよりも、ビーチボールが水に流されているような、なんだか妙な泳ぎ方だった。
俺の視線を辿った弟がその子に気付き、怖がって俺の手をぎゅっと掴む。
俺は弟の手を引いて水から上がった。
人見知りの激しい弟は俺の後ろに身を隠す。
その子は、水から顔を出した蛙のような変な格好で、さっきまで俺たちがいた浅瀬に腹這いになった。
水着は着ていない。
男か女かもよく分らない。
こいつ、もしかしたら“ふちぬし”かも。
“河童”と違って“渕主”は頭を水面に出し、獲物を探すんだといつか祖父ちゃんが言っていた。
瞬きもしない、まん丸な魚の目玉を思わせる目をしたそいつは俺たちに話しかけた。
「ねえ、あそぼう」
「もう帰るんだ」
俺はきっぱりとそう言い、向うで遊んでいる仲間たちにも大声で帰る事を告げた。
弟の手を引き、浮輪を持ってやって家まで帰ると、畑仕事をしていたおばさんが何かあったかと聞いてきたので、知らない子が来て弟が人見知りしたと答えた。
それから俺たちはザリガニ採りに出かけ、自分で大物を捕まえられてご機嫌の弟と再び家に戻ったのは夕方だった。
夕飯を食べていると、隣の良雄のお父さんが訪ねて来た。良雄がまだ家に帰らないと言う。
今日は一日皆で川遊びをしていたようだから、誰か何か聞いていないかと思って、一番近くの家から聞きに来たらしい。
「うちの子らは3時頃にいったん戻って来て、二人でザリガニ採りに行ったよ」
「そうですか」
肩を落す良雄のお父さんに、ウチの大人たちは「それはみんなで探す方がいい」と言い、電話をかける者、近所へ知らせに走る者、急に慌ただしくなった。
そんな中、弟がぽつんと言った。
「河童がいた」
その言葉に、みんなの動きが一瞬止った。
この間、単眼オヤジを見た時も、弟は「小僧のお面のおじさんがいた」と言ったが、その時はそうかそうかと大笑いされてそれで終った。でも、今度は何か様子が違う。
「ああそう言えば、帰って来た時、知らない子がいたって言ってたっけ…」
大人たちが真剣に俺たちの顔を覗き込んだ。
「河童って?」
弟が一番懐いているおじさんが、真剣な顔で弟に聞いた。
代って俺が、妙な泳ぎ方をする短いおかっぱ頭の丸い目玉の子がいたと説明すると、とたんに蜂の巣を突いたような騒ぎになった。俺は“渕主”だとは言わなかったが、何かこの地方には違う名で呼ばれる水妖伝説があったらしい。
地域の子供たちは全員神社に集められ、お払いをしてもらった後、周囲に注連縄を張り巡らされた神楽殿で一晩を過させられた。
消防団と青年団、警察も来て、夜遅くまで良雄の行方を捜していたが、一向にらちがあかず、いったん打ち切りになる
翌朝早くから再び捜索が開始され、10時頃、下流の方で子供の死体が見つかった。
但し、それは良雄ではなく、十年前行方不明になった春子という女の子だった。
後で聞いた話だが、死体がロウのようなミイラになっていたらしい。
“渕主”は時々出て来てお気に入りを選ぶ。
そして、新しいお気に入りが出来た時、前のお気に入りを返すのだと言う。
俺が青色(中坊)3年の時、良雄は見つかった。
しかし、良雄が見つかる前の日にいなくなった茂と言う子供は今も行方不明のまま。
いつ見つかるか誰も知らない。
山にまつわる怖い話20